第2話 ちょっとしんどい日

 その深夜、私は部屋の中に設置してある『キャンセルスイッチ』を押そうとして、全身が光り輝いた。

 キャンセルスイッチとは、一度押すと八時間の間一切の召喚対象から除外されるという、通称睡眠スイッチだ。

 ずっと押しておきたかったが、無理をするとぶっ壊れてしまい、二度とキャンセルできないという最悪なパターンがあるので、青い色に光ったら押して大丈夫という合図が点灯するようになっていた。

「全く、寝ようとしたらこれだ。今度はどこのバカだよ!!」

 私は苦笑した。

 ……助けて。とにかく助けて

 意識が暗転する前、血の盟約を結んだ女の子の声が聞こえた。

 ……なにか起きたな。

 私はそっと覚悟を決めた。

 暗転したその先は、火災現場だった。

 そこには、セオリー通り床に伏せた女の子がいた。

「現場はこの部屋だけだね。よっと」

 私は呪文を唱えた。

「ウォーター・スプラッシュ!!」

 前方に掲げた両手の平からド派手に水をぶちまけ、ほぼ一瞬で炎を消した。

 その途端、女の子が私にすがりつき、扉が表から蹴破られた。

「師匠、大丈夫……あれ?」

 私にすがりついてエグエグ泣いている女の子に、私は思わず苦笑した。

「この子よろしくね。もう時間があまりないから。ちゃんとした呪文で喚ばれてないから、これが限界だよ」

 私は女の子を引っ剥がし、えっと……ビスコッティに任せた。

「あ、ありがとうございます。師匠、しっかりして下さい」

「それじゃ、私はこれで」

「はい、ありがとうございました」

 お互いに丁寧な礼をして、私の意識は一瞬暗転した。


 家に戻っててきた私は、今度こそキャンセルスイッチを押し、ランプの明かりを最小限にして、ハンモックによじ登って横になった。

 しばらくすると、ドガンと家の扉を蹴り開け、半分寝ぼけたビスコッティがなにもいわず入ってきて、私の横に滑り込んで抱きついてきた。

「はいはい、一人で寂しかったんだね。いつもの事とはいえ、ちゃんと扉は直してね」

 実は、人一倍甘ったれのビスコッティは、深夜になるとこうして私の脇に潜り込んでくるのが常だった。

「全く、年齢じゃ二個違いのお姉さんなのに、これじゃ困ったもんだね。いてっ、噛むな!!」

 ビスコッティの噛み攻撃は今に始まった事ではなく、隣に潜り込んでくると必ずやるが、今日のは一際痛かった。

「うーん、私の抱き枕。いい子いい子……」

 私の頭を撫でながら、ビスコッティが寝言を呟いた。

「誰が抱き枕じゃ!!」

 私は笑い、目を閉じた。


 翌朝、いい匂いに目を覚ますと、狭いキッチンでビスコッティが煮物料理を作っていた。

「おはようございます。あれ、なにかボロボロですね」

「あんたに噛まれたんだよ!!」

 私は苦笑した。

 結局、一晩中ビスコッティの噛みつき攻撃は止まず、私は気合いと根性で寝たのだが、寝不足なのは否めなかった。

「あれ、またやってしまいましたか。ごめんなさい」

 ビスコッティが笑った。

「痛いなんてもんじゃないよ。頭にきて噛み返してやったら、四倍になって返ってくるんだもん。諦めたよ」

 私は苦笑した。

「それはご迷惑を掛けました。はい、人参とカボチャの煮物ができましたよ」

 ビスコッティが煮物を大皿に盛って、取り皿を二つ持ってきた。

「あれ、今日はご一緒?」

「はい、また作るのが大変なので……」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私たちは仲良く煮物を食べた。

「よし、これで万全だね。まだ、人参の種を蒔き終えてないし」

「はい、私もカボチャ磨きが終わっていないので……」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 ちなみに、ビスコッティの研究で皮が包丁で楽に切れる『切れるんです』という品種が開発され、この里でカボチャといえばこれだった。

「さてと……」

 家を出ようとした時、扉がノックされて声が聞こえた。

「おーい、人参とカボチャをチーズで分けてくれ。昼飯にしようと思ってな」

 私が扉を開けると、一抱えはある巨大なチーズを抱えたオッチャンが、柔和な笑みを浮かべていた。

「あいよ、人参三キロと……ビスコッティ、カボチャは?」

「はい、カボチャも三キロでどうですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そんなにもらっていいのかい。ありがたい」

 オッチャンが笑みを浮かべ、私は家の裏にある収納庫から大体一キロで袋詰めした人参を三つ抱えてオッチャンの元に移動した。

「この荷車に置くね!!」

 私は荷車に人参袋を三つ置いた。

 そこに、ビスコッティがやはり袋に入れたカボチャを三袋入れた。

「こんなに悪いな。チーズをもう一つつけよう」

 オッチャンはビスコッティにチーズを渡し、軽く礼をして荷車を引いていった。

「さてと、今日も元気に野良仕事しよう!!」

 私は笑った。


 お昼になり、今日は作るのを忘れてしまっていたお弁当がなかったので、家に帰ろうとしたらビスコッティが大きなバスケットを持ってやってきた。

「やはり忘れましたね。少し多めに作りました。一緒に食べましょう」

 ビスコッティがバスケットを開けると、ぎっしりと握り飯が詰められていた。

「おっ、豪勢じゃん。塩が貴重なんだよね」

 私は笑った。

 基本的に自給自足ではあるが、塩などの調味料は外部から買うしかない。

 特に塩は重要なもので、定期的に里を巡回してくるゴブリンの商隊から購入し、里長が纏めて管理していて、配給制となっていた。

「はい、一汗かいたあとは、塩は必須ですからね。さて。食べましょう」

 素朴な塩結びだったが、私たちは美味しく食べて、午後の仕事を再開した。

 一人当た当たりに割り当てられた里の畑は結構な広さがあり、基本的な一日はここの面倒をみることで終わる。

 さてと、とクワを持つと同時に、体が青白く光った。

「おっと、きたな。いつもより、遅い一発目だけど……」

 青白いということは、回復を望んでの召喚だ。

 この辺りの事情は秘密だが。これに応えられるのは私だけ。

 それを知っているということは、かなりの通である。

 私が苦笑すると、意識が一瞬暗転した。


 喚ばれて行ってみると、どこかの迷宮内で通路に三人転がっていて、残る三名がワタワタしていた。

「あっ、本当に……」

「話しはあと、この三人だね」

 いかにも魔法使いだという感じの少年が、慌てた様子で頷いた。

「……猛毒のヒソクサリを食らってる。見込みはほぼない」

 手遅れなのは承知で、私は毒消しの魔法を使い、連続で最強の回復を使った。

 お手軽な罠ではあるが、その毒矢を甘くみてはならない。

 ヒソクサリは食らってから数秒で心臓が止まるほどの、強烈な毒だった。

 回復魔法の明かりが消えたが、三人が動く気配はなかった。

「……いいにくいけど。もう手遅れだったんだよ。ヒソクサリって毒で、数秒で命を落とすような猛毒をこの三人は食らっていた。できる事はやったけど……」

 私は深く嘆息した。

「……そうか、手間をかけたな」

 リーダー格とおぼしき、まだ若い男性がため息を吐いた。

「火葬はサービスしておく。まさか、このまま置き去りにはできないでしょ?」

 私が呟くように問いかけると、男性は頷いた。

「ぜひお願いしたい。手間をかけるな」

 リーダー格の男性が頷くと、私は黙って呪文を唱え、三人の亡骸に高温の火球を放った。

「ちょっと、なんで燃やしちゃうの。助けてくれるはずなのに!?」

 魔法使いの少年が声を上げた。

「うん、俺から話す。そろそろ時間いっぱいだろう」

「そこはよろしく。私たちだって、できない事はあるって伝えておいて」

 私が一礼すると、意識が暗転して里の畑に戻っていた。

「さて、嫌な事は忘れて野良仕事っと。あれ、またビスコッティがカボチャ磨きしてる。こっちは一段落ついたし、収穫の手伝いをしてやるか」

 私は笑みを浮かべた。


 その夕刻、結局出足が遅かっただけで、百回以上喚ばれた私は心底疲れていた。

 なぜ固まるのか分からないが、今日に限って回復目的で喚ばれる事が多く、大事に至らな方もの、無念だった事、実に多数のケースがあった。

「戦えなら楽なんだけどな。回復にゴブリンを喚ぶって、意外とメジャーなのかな……」

 私は苦笑した。

「お疲れさまです。かなり疲れているようですね」

 私が収穫したカボチャを磨きながら、ビスコッティが笑みを浮かべた        「疲れたなんてもんじゃないよ。喚ばれたタイミングによるけど、何人助けられなかったか。八つ当たりの罵詈雑言も浴びたしね」

 私は苦笑した。

 私にいわれても困る。つまり、そういう事だった。

「それはまた。夕食は私が作ります。里長は娘の私に厳しくて、調味料が不足気味なので……」

 ビスコッティが苦笑した。

 そう、普通は特別扱いされて塩などの調味料は優遇されそうだが、ここの里長は逆だった。

 ……最低限は分けてやる。それ以上必要なら、仲間を作って助け合え。

 これが、ビスコッティに告げられた里長の言葉だったらしい。

 だから、あいつだけ優遇されて……という不満など起きようがなかったのだが、その代わりお隣で迷惑を掛けているからという理由で、私だけこっそり少しだけ優遇されているのは絶対の秘密だ。

「今日はチーズもあるし、ビスコッティは牛乳を分けてもらってきて。クリーム煮にしよう」

「はい、分かりました。この時間で残っているか分かりませんが、行くだけいってみます」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、荷車にカボチャを積んで牧場の方に向かっていった。

「あっ、人参を出すの忘れた。まあ、いいか……」

 私は苦笑した。

 しばらくすると、ビスコッティが牛乳缶を荷車に乗せて帰ってきた。

「当然ながら生乳はありませんが、クリームは仕入れできましたよ。こちらの方がいいでしょう。さっそく、作ります」

 ビスコッティが当たり前のように私の家に入り、さっそく調理をはじめた。

「さてと、私はこのひしゃげた蝶番を直そうかな。鍵なんかないのに、蹴り開けなくたっていいのにね」

 私は笑みを浮かべ、工具箱に入っている蝶番の予備を取りだし、斜めになっている扉の修理に掛かったのだった。

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