とある召喚獣の憂鬱

NEO

第1話 ゴブリンです。

 突然だが、みなさんは召喚魔法というものの存在をご存じだろうか?

 これの習得にはかなりの修練が必要らしいが、そんな事は喚ばれる側にとっては迷惑でしかない。

 私はゴブリンという種族で、召喚獣としては最低ランクに属するらしく、よく練習に使われるそうだが、こっちはこっちの生活があるので、いい加減にしろといいたくなるが、私の爺様が『血の契約』をしてしまったため、文句もいえない。

 この契約は術者と対召喚獣の強いロープのようなもので、術者が倒れない限り永遠に続くものだ。

 これは当人同士だけではなく、この里全員に影響するもので、わけが分からず契約してしまうものが多い。

 つまり、解除しようにもこちらからはできず、この里の人たちが何回も契約しているため、もう処置なしの状態だった。

「なんですか。また嫌そうな顔をして。嘆いてもはじまりませんよ」

 なんだか憂鬱な気分で、せっせと野良仕事をしていると、隣の畑でせっせとカボチャを植えているビスコッティが笑った。

「だって、昨日だけで百三十二回も喚ばれたんだよ。血の契約が薄いビスコッティが羨ましいわ……」

 私はクワを思い切り振り下ろし、土をガボっと掘り起こした。

 ビスコッティはお隣さんの友達で、先祖からはじまる一家郎党が直接血の契約をしていないので、滅多に喚ばれる事はなかった。

「これはこれで、みなさんに引け目を感じるのですよ。嫌な思いはお互いさまです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた時、私の体が光った。

「ほらきたよ。人参の種を蒔いといて!!」

 ビスコッティの声を聞くこともなく、私の意識は暗転した。


 すっと目を開けると、そこはどこかの迷宮の中のようで、生きているかどうか分からない人間たちがゴロゴロしていて、対するは無敵を誇るレッドドラゴン。

 構図は簡単だった。召喚されると同時に目的も聞こえてくるのだ。

「ったく、この貸しは高く付くよ!!」

 私はレッドドラゴンが吐いたブレスを避け、高く飛び上がってドランスレイヤーを抜いた。

「倒せばいいってもんじゃないの。大体、まともにやって勝てるわけないしょ」

 私はレッドドラゴンの額についていた紋章を剥ぎ取り、素早く解呪の魔法を使った。

 するとレッドドラゴンは急に大人しくなり、部屋の真ん中でいびきをかいて眠り込んでしまった。

 私は反対側を見向き、ポカンとしているいかにも魔法使いという感じの人を睨んだ。

「ヤケクソで喚ばれても面倒だから、ちゃんとタイミングをみなさい。私がいえることはそれだけ」

 最後に貴族式に礼をしたタイミングで、私の視界は暗転した。


 里に戻ってくると、ビスコッティがまだ自分の畑になったカボチャを、丁寧に収穫していた。

「あっ、おかえりなさい」

「ただいま。よりによって、レッドドラゴンだったよ。もっとイケてるやつ喚べっての!!」

 私は苦笑して、クワを片手に畑に畝を作る作業に戻った。

 これがもし、一般的なゴブリンだったら、なにかやる前にやられていただろう。

 今回は血の契約に従えば、命を落とす事はないのだが、それでも熱いし植え付けられた恐怖心から、他のヤワな魔物相手にも攻撃できないということになりかねない。

 まあ、それはそれで構わないと思うけどね……。

「レッドドラゴンですか。また難儀な敵でしたね」

 ビスコッティが笑った。

「笑いごとじゃないよ。全く……」

  私は大きく嘆息した。

「エーテルは強いですからね。私は棍棒を振り回す程度です」

 ビスコッティが笑った。

 ちなみに、ビスコッティは里長の娘で、成人すると同時にこうして一人暮らしをしている。

「それでも、素手でぶん殴るよりマシだよ。さて、人参の種を植えて……」

 いきなり警鐘が鳴りはじめ。私とビスコッティは顔を見合わせ頷いた。

「ゴブリンだ。野良ゴブリンがきたぞ!!」

 誰かが叫び、全員が迎撃態勢を整えた。

 ゴブリンには二通りあり、人間たちがゴブリンというのは、特定の里を持たず延々と破壊と略奪を繰り返す野良ゴブリンの方だ。

 同じゴブリンで一括りにされたら嫌だが、見た目では同じようなものなので、これはどうにもならない問題だった。

「さてと、私たちも迎撃態勢を取ろう」

「そうですね。急ぎましょう」

 ビスコッティが土を練って作られた自宅に戻り、愛用の樫の木を削って作った棍棒を持って出てきた。

「よし、いこうか」

 私たちは里のみんなが集まっている方へと向かった。


 里を囲む素朴な木製の柵に向かって、粗末な武器を持った野良ゴブリンたちが徒党を組ん迫っていた。

「それじゃ、いっちょやりますか」

 私は柵の門を開けて、ビスコッティと並んだ。

「数は三十くらいか。まずは……」

 私は呪文を唱え、里に被害が出ない程度に出力を絞った攻撃魔法を放った。

 野良ゴブリンたちの後方で爆発が起こり、数十体が吹き飛んだが、残った十体ほどの群れをみて、私は腰の剣を抜いた。

 ちなみに、この剣の銘はエクスカリバー。ドラゴンスレイヤーと同様、世界に一振り敷かなく、探し求めている人たちも多いと聞くが、残念ながら両方とも私が持っているので、まず見つからないだろう。

 そして、突っ込んできた十数体の野良ゴブリンを片っ端から斬り倒し、ビスコッティが棍棒で殴り倒していった。

 かくて、里の平和は守られ、みんながそれぞれの仕事に戻っていった。


 里の作りは簡単だった。

 木組みと粘土を混ぜたドーム型のものを作り、出入り口になる穴を空けて、仕上げに土をかければ完成だった。

 趣味によっては人間のようなベッドを作る者もいるが、私は面倒なのでハンモックを設置して、テーブルが一つ、あとは小さなキッチンだけだった。

 外に納屋があって、農具などはここに保管していて、一番大きなものは収納庫だ。

 ここに、畑で収穫した野菜や、里内で物々交換で手にいれた食材などを入れてあり、私は念のため簡単な鍵をかけている。

 日が傾き、今日の作業はここまでと、手押し式の一輪車通称『ネコ』に収穫した人参を入れ、さて一息というとき私の全身が光った。

「まただよ。一息入れたかったのに……」

「いってらっしゃい」

 幸せそうにカボチャを磨いていたビスコッティが、笑みを浮かべて送ってくれた。

 ……お話ししたい。お話ししたい。

 意識が暗転する瞬間、そんな声が聞こえた。

 これは召喚した術者思いだった。

 ……お話ししたい?

 怪訝に思った時、私の意識は飛んだ。


 いつも通り意識が戻ると、夕方の草原の真ん中で杖を持った女の子と、そのお目付役という感じで、人間が二人立っていた。

「うわっ、本当に成功した!?」

「師匠、ダメです。失礼です!!」

 一声上げた女性が、ビシビシ女の子を引っぱたいた。

「まあ、いいんだけど。お話ししたいなんて、召喚命令は初めてだったから、ちょっと困惑しているんだけど……」

 私は苦笑した。

「あっ、そうでした。師匠、時間がありませんよ」

「おっと、召喚魔法が使えるようになったから、試しにお話しができそうな種族を選んでみたんだよ。邪魔だったでしょ。ごめんなさい」

 女の子が頭を下げた。

「邪魔っていえば邪魔ではあるんだけど、謝られたのは初めてだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はビスコッティで、こちらのチンクシャがスコーンです。よろしくお願いします」

「私はエーテル、里ゴブリンよ。その辺を荒らし回っている野良ゴブリンとは違うからね」

「えっ、ゴブリンって二種類いるの!?」

 スコーンと紹介された女の子が、素っ頓狂な声を上げた。

「うん、いるよ。召喚獣として喚ばれるゴブリンは、みんな里ゴブリンだから安心してね。それにしても、奇遇だね。仲良しのお隣さんがビスコッティっていうんだよ。不思議な感じだね」

 私は笑った。

「それは奇遇ですね。美人ですか?」

 ビスコッティが笑った。

「美人なんてもんじゃないよ。里長の娘だし、狙っている男どもは多いけど。誰も怖がって近寄れない。ああ、美人っていってもゴブリン的にだよ。そこは、人間とは感覚が違うから」

「はい、分かっています。そうですか、不細工だったら悲しかったですが、それならよかったです」

 こっちのビスコッティが笑みを浮かべた。

「……この二人ならいいか」

 私は生まれて初めて『血の盟約』を交わしてもいいと思った。

 常に携行しているベルトの鞘からナイフを引き抜き、自分の手に複雑な文様を描いた。

「ちょっと、その杖貸して。時間がない」

「わ、分かった」

 私はスコーンから杖を受け取り、そこに自分の手のひらに刻印した文様を押しつけた。 杖が光り、それに複雑な文様転写され、私はスコーンに杖を帰した。

「これは血の盟約っていって、お友達の証だと思って。契約だと主従関係になっちゃうし、それは嫌でしょ?」

「嫌だよ。そんなのダメ!!」

 スコーンが杖をフキフキしはじめた。

「だから、お友達の盟約にしたんだって。これで、ゴブリンを召喚すると、私が喚ばれる確率が少し上がるよ。まあ、私じゃなかったとしても、大事にしてやってね。みんな、忙しい中、喚ばれてくるから」

「はい、分かっています。師匠、いつまでフキフキしているんですか?」

「だって、血の盟約って……」

「お友達の証ですよ。契約とは違います」

 私はコホンと咳払いした。

「そ、そうなんだ。ならばいいや!!」

 スコーンが笑みを浮かべ、杖を大事そうにしまった。

「ちなみに、ずっと気になっていたのですが、ゴブリンは菜食ですか、肉食ですか?」

 ビスコッティが小さな笑みを浮かべた。

「里ゴブリンは菜食だよ。時々肉を食べる程度。野良ゴブリンの方は雑食と聞いてるけど、そこまで知る必要はないから分からないなぁ」

 その時、私の体を覆っていた光りが明滅しはじめた。

「そろそろ時間だね。では、また……」

 私は丁寧に一礼すると、タイミングよく意識が一瞬飛び、再び里に戻ってきた。

「危ない事するな。あれはサマナーズ・ロッドの初期モデルだよ。私が杖に触れた意味が分かれば、危険なものと察してくれたはず。召喚獣が召喚主に攻撃もできるって意味でもあるから。まあ、血の盟約を打ち込む時に、最新版にしておいたから大丈夫だと思うけど」

 私は小さくため息を吐いた。

 誰でも召喚魔法が使えるようになる、サマナーズ・ロッドという杖。

 その危険性から作られたのは数十本で、どこかで手に入れたのだろう。

「あれ、どうしましたか?」

 夕暮れが近いのに、まだカボチャを磨いていたビスコッティが、小さく笑みを浮かべた。

「うん、変わった召喚主でね、私と話をしたくて喚んだらしくて。まあ、有意義な時間ではあったよ。ところで、いつまでカボチャを磨いているの?」

 私が笑うと、ビスコッティが慌てて辺りを見回した。

「あれ、もうこんな時間ですか。つい、カボチャに愛情を傾けてしまいました。急いで収納しないと」

「あんたのカボチャ好きも大層なものだよ。連作障害対策で私があげてる人参なんて、全然適当なのに」

 私は笑った。

「そんな事はないです。人参スープが美味しくて。ところで、次はなにを植えるのですか?」

「そうだね。小麦でも……って思ってるよ」

 私は笑みを浮かべた。

「小麦ですか。いいですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、そろそろ里の備蓄も少なくなってきたはずだからね。ビスコッティの父上がみんな食っちゃうから」

 私は笑った。

「今度伝えておきます。では、片付けましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべたのだった。

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