おまけ~王女の末路

 小さな家には部屋がなかった。

 ひとつの部屋が家だったから。


 これは家ではなく、小屋と呼ぶものではないかしら?

 雨が降ると雨音に眠れなくなる場所なんて、とても家とは言えないわよね?


 素っ気ない家具しかない、こんな狭い一部屋で一生を暮らせだなんて。

 お父さまは気でも振れたのではないかしら?


 最低限の生活費だけは出してやるだなんて。

 お兄さまたちも頭がおかしくなっているに違いないわね。


 これもあの嫌な女の差し金なんだわ。

 何か良からぬ呪術でも使っているのではないかしら?

 野蛮な帝国の血を引く女ですもの、それくらい容易いものよね。



 想えば最初から気に入らなかった。

 私がいるというのに、皆があの女に気を遣っていたわ。

 この国では母の次に尊い身分の女性は私だというのに。

 私より先にあの女の顔色を窺うの。


 たかが侯爵令嬢よ?

 それも父親は商人上がり。

 大商会だからって何よ。王家もお世話になっているから?

 だからって、どうして一介の侯爵令嬢に私が気を遣わなければならないの?


 あの女、王城に季節の挨拶にも来なかったわ。

 茶会にだってわざわざ招待してやったのに。

 素っ気ない挨拶をして、用意した端の席で自分からは何も言わず、聞かれたことしか答えないつまらない女だった。

 商売をしているなら、目新しい貢ぎ物でも持って来なさいよ。



 ギルバリー侯爵家にだけは関わらないでくれ。

 お兄さまたちがあんまり言うものだから、かえって興味を惹かれてしまうじゃない?

 どんなものかと、まずはあの女の婚約相手に接触してみたわ。


 彼、なかなか顔がいいのよ。

 でもそれだけ。


 話を聞いたら、自分はあの女に金で売られたんだと言い出すじゃない?

 なんて可哀想な話なのかしらと思ったわ。


 だから私が助けてあげようとしただけなのよ。

 それでどうして、私がこんな男と結婚して、こんなみすぼらしい小屋で暮らさなければならないわけ?


 それも執事も侍女もいない暮らしよ?信じられない。


 愛し合う二人だけで過ごすことが出来て幸せだろう。

 そう言ったのは、一番歳が近い兄だったわ。


 昔から苦手だと感じていたけれど、それもあの女の手先だったからなのね!

 他の兄たちのように優しくなかった理由が分かったわ。


 兄のことも怪しい呪術で操っているのでしょうね。

 だっておかしいもの。


 兄なのに、妹よりあんな女を選ぶなんて。



 もう許せない!


 

 ねぇ、あなた。

 許せないから、あの女を消してきて!

 これは命令よ!


 そう言ったら、彼は喜んだ。

 綺麗な顔を歪ませて、本当に許せないと言うの。

 命じてくれて感謝すると泣いてまでいたわね。


 


 それから一向に帰って来ないのはどうしてかしら。

 まさか……いいえ、そんなことは。



「愚かに育ったとはいえ、私も責を感じていたし、愛情までは失っていなかったのだけれど」


 ある日、苦手な兄がやって来たわ。

 ついにあの女の呪術から目が覚めたのね?


「とうとう越えてはならない一線を踏み出してくれたね。元気にしているならば、徹底して潰してからと思っていたが。その必要はなさそうだ」


 ぶつぶつと一人で何を言っているのかしら?


「修道院とはまた甘いが。隠居して自分で世話をすると言った父上よりはましか」


「お父さま?お父さまに頼まれて、お兄さまがお迎えに来てくれたのね?」


 やっぱり呪術が解けたんだわ。


「……」


 私を見る兄の目はガラス玉のように澄んでいた。

 こんな目をしていたかしら。


「いずれにせよ、生き方を学んだ方がいいだろう。兄上たちと、お前が婚約破棄を命じた彼女の恩情に、心から感謝することだ。それがなければ、王女として生きながら政の道具にもなれないお前は、今ごろ帝国で首を晒していたのだから」


 この兄は何を言っているのかしらね。



 それから私は久々に侍女に世話をして貰ったわ。

 たった二人しか来なかったけれど、今だけは我慢してあげたのよ。

 兄ったら、文句があるならこの二人も城に帰すなんて言うのだもの。



 ひさびさに身を清められて気分がいいわね。

 出された食事は王城のそれとは比べられないものだったけれど、まぁ食べられないことはなかったわ。


 そして外に連れ出されたの。

 やっとお城に帰れるのね!


 華やかさのないドレスだけれど、我慢をするわ。

 戻ったらさっそく仕立て屋を呼ばないと。新しい宝石もいただきましょう。



 不思議ね。なかなか馬車が止まらないわ。

 あの小屋はお城からこんなに遠い場所だったかしら?


 まぁ、いいわ。

 無礼にも話し掛けてきた御者がまだまだ着かないと言うから、眠っておくわね。


 それにしても揺れる馬車ね。

 お尻が痛いわ。

 もっと揺れないようにしてくださる?


 自分から話し掛けてきたくせに、御者は何も答えなかった。

 本当に無礼な男ね!

 あなた、本当なら私と話すだけでも不敬罪なのよ!


 もういいわ。寝ておくから!



 揺れが激しくなって、眠れなくなってしまった。


 王城への道はすべて整備されていたはずだけれど。

 何かあったのかしら?

 いいえ、これは御者の嫌がらせね!


 許せないわ。

 あなた、聞いているなら、こんな嫌がらせは今すぐ辞めなさい!

 お城に戻ったらすぐにお父さまに言い付けるわよ!


 声が返ってこない。

 どうしてかしら?


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【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい 春風由実 @harukazeyumi

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