噂話は半信半疑で聞くのがいい。

「ほらよ、猪肉とキノコと山菜の炒めものだよ」


 冒険者は酒場のカウンターで、屈強な身体つきをした店主マスターに木製の皿に盛り付けられた料理を手渡された。

 冒険者はその皿を持って酒場の端にある席へ座る。


 出来たての炒めものは熱々で湯気が立っていた。

 冒険者は料理に詳しくないので炒めものに入ってるキノコの種類も山菜の種類もわからなかった。

 毎日これを頼んでは食べてるのだが、毎日味が違っていて飽きが来なかった。

 キノコも山菜も味も食感も毎日変わるので、決まった食材では無いのだろう。

 炒めものと酒をセットにして銅十八枚。

 量も店主のその日の気分によるものであり、やたら大盛りにされていようと同値段のお得仕様だ。


 少し固めの猪肉を噛みながら、冒険者はキャスリンに聞いた話を思いだし辺りを見回した。

 例の噂について金髪の冒険者が毎晩のように酒場で皆に語っているのだとか。

 毎晩ここで食事をしてる冒険者には初耳で驚くばかりだったが、しかしながら普段周りの客など気にも留めないので知らないのも仕方ないかと思い直した。


 しっかり聞き耳立てるまでもなく、真ん中のテーブルを囲む一団に金髪の冒険者がいた。


「いやいや、嘘だと思って聞いてくれても構わないよ。でもよ、本当に出会ったんだよ、ゴブリンの屋台にさ」


 大袈裟な身振り手振りで話す様は、街中で王国の最新情報ニュースを伝える瓦版屋に似ていた。

 手に何かを書いた紙でも持って配ってるんじゃないかと疑うほどだ。

 同じテーブルに同席する客やその周りを囲むように立つ客はその金髪の冒険者の身振り手振りに感化されたのか、疑ったり話を促したりする反応が演技がかっていた。

 金髪の冒険者を囲む数名合わせてまるで劇団のようだ、と冒険者は噛みきれない猪肉とキノコを酒で喉に流し込みながら思っていた。


「それはオレが星四つの依頼を受けて、洞窟に潜っていた時の事だ」


 星四つ。

 初心者推奨依頼が星一つなので、冒険者からしてみれば三ランク上の依頼。

 報酬は銅銭千枚に値する銀銭が数枚もらえるという。

 実力自慢を滲ませる金髪の冒険者の傍らには脱いだ鉄製の鎧が置かれていた。

 見るからに頑丈そうだが、普段着にするには重たいのだろう。


巨躯族トロールが洞窟の奥に現れたという依頼でな、まぁその洞窟があまりに広くて、なんと十五層もあった」


 三階層でうんざりする冒険者にとって、十五層とは聞くだけでもたまったもんじゃなかった。


「トロールが現れたとあっちゃぁ、道中の魔物もそれなりに強くてな。洞窟探索の足取りは重く時間がやたらとかかった」


 想像するだけで辟易とする。

 冒険者は酒を喉に流し込んだ。


「オレもそんなに時間がかかるもんだと思ってなくてね。まったく、甘かったよ。長く冒険者をやってるが、予定外ってのはいつまでたってもやってくるもんで、用意してた食料は途中の階層で尽きてしまったんだ」


 金髪の冒険者は大袈裟に肩をすくめる。

 周りの客たちはそんな金髪の冒険者に共感しはじめた。


「そうして洞窟探索の途中で、予定外の、空腹に襲われたオレは出会ったんだよ、ゴブリンの屋台に」


 やっと本題か、と冒険者は前置きの長さに辟易し酒の入った木製のコップを手に持ったが、すでにコップは空となっていた。

 空なのに重たいコップをテーブルに置き直す。


「アレは多分洞窟前に放置された馬車を素材に作り直したんだろうな。御丁寧に椅子も用意されてたよ」


 冒険者が徒党パーティーを組んで洞窟探索をするというのはよくあることで、その際に利用されるのが数人乗れる馬車だ。

 そして、実力不足で逃げ出したりパーティーが全滅したりして入り口付近に放置される。

 馬は主が逃げ出したか、帰ってこないのを察知して荷車を置いて去っていく。


小鬼族ゴブリンが屋台の物陰から顔を出してオレは武器を構えたが、アイツはぎこちない人語を使い、いらっしゃいませ、と挨拶してきた」


 周りの客にどよめきが起こる。

 ゴブリンは普段人語など使わない。

 人には判別できない独特な音を言葉として発する。


「何事かと思ったオレは恐る恐る屋台に近づいた。放置された馬車を作り直した屋台は近づいたらそのオンボロさがよくわかった。何処で手にしたのか折れ曲がった釘が無理矢理木材を繋ぎ合わせてるようだった」


 冒険者はこれは話が長くなるんじゃないかと思いだした。

 腰にぶら下げた布の小袋を掴む。

 酒をもう一杯頼むかどうか悩み所だ。

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