ゴブリンですが、屋台そば始めました。

清泪(せいな)

ようこそ、冒険者ギルドへ!


「数多ある栄光を掴め! ようこそ、冒険者ギルドへ!」


 受付嬢の華やかな挨拶が迎え入れたのは、木製の扉をもたれ掛かるように開けたくたびれた冒険者だった。


「はぁー、疲れた。腹減ったー」


 フラフラとした足取りで受付台カウンターにたどり着いた冒険者は、倒れ込むように受付台に伏した。


「おかえりなさいませ、冒険者様」


「ただいま、キャスリンちゃん」


 キャスリンと呼ばれた受付嬢は貼り付けたような笑顔を浮かべたまま、受付台に用意された帳簿を捲る。


伝書烏クロウより報告を承っております。依頼クエスト達成の確認は済んでおりますので、こちら、報酬の銅五十枚となります。お疲れ様です」


 キャスリンは銅銭五十枚が入った布の小袋を伏した冒険者の顔の横に置いた。

 ドサッと労働の重みを感じる音がする。

 銅銭五十枚と言えば、ここらの街の平均日当だ。

 三食そこそこの食事をして少しお金が残る程度。


「ふぇー、こんだけ働いて銅五十枚かー」


 冒険者は顔を上げて横に置かれた布の小袋を手に取った。

 布の小袋はあまり重くなかった。


「お言葉ですが、冒険者様。それは冒険者様がいつまでたっても依頼ばかりを受けるからですよ。冒険者様の経験数ならもうふたランク上の依頼でもこなせるかと」


 二ランク上の依頼をこなせば報酬の銅の枚数は一桁分、0が一つ増える程度には貰えるだろう。


「いや、あのね、キャスリンちゃん。俺は経験数はあれど弱っちいのよ。初心者推奨依頼でもひーこら言ってるようなヤツなの。それが二ランクも上の依頼受けるなんて、死んじゃうよ俺」


 初心者推奨依頼は街の近くにある洞窟や神殿廃墟などに発生する低級魔物を退治するというモノが殆どだ。

 初心者でも一、二時間あれば達成できる依頼だが冒険者は毎日三、四時間かかってこなしている。


「冒険者様がそうおっしゃるなら無理強いはしませんが・・・・・・」


 キャスリンは笑顔を崩さぬまま、しかし冒険者の姿を訝しげに見ていた。

 ぐしゃぐしゃになった黒髪や痩せ細った顔など見るからにくたびれた姿だったが、本人には傷一つ無かった。

 革製の胸当てに付けられた傷は、旅商人から安く買い叩いたと言っていた時から付いてたもので、その傷が増えているわけでもない。


「まぁ、銅五十枚、ありがたく頂いてそろそろ飯にしますか。やっぱりさ、洞窟ダンジョン探索は腹減るよねー」


 冒険者は今日、三階層ある洞窟に発生したスライム退治をこなしてきた。

 すっかり人の手で整備された洞窟は初級冒険者用の訓練施設として存在していて、魔物を発生させる魔素噴出地もギルドの管理下だ。

 ある程度スライムや吸血蝙蝠バットなど低級魔物が発生したら、依頼という形で訓練を用意しているのだが、冒険者はそんな依頼を遠慮なく受けていた。

 歩き馴れた洞窟──訓練施設はそこそこに広く中を慎重に回れば三、四時間はあっという間に過ぎた。


「食事なら奥の酒場でぜひ!」


「営業スマイルがキラキラしてるね、キャスリンちゃん」


 貼り付けたような笑顔は一切動くことなくキャスリンは手の動きで奥の酒場へと案内する。


「あ、そういえば冒険者様。洞窟探索で空腹と言えば、例の噂を聞いたことはありますか?」


「例の噂?」


 情報第一の冒険者ギルド受付嬢としてはとても宙ぶらりんとした物の言い方だなと冒険者は眉をひそめた。


「ダンジョン内に現れる屋台の話ですよ」


「屋台?」


 また酔狂なことをするヤツが現れたもんだ、と冒険者は思った。

 徒党を組まれない限り被害の少ない低級魔物といえど、甘く見てると軽傷程度は受けるというのに。

 そんなとこで商売して儲かるってのか?


「しかもその屋台の主、ゴブリンらしいのです」


「ゴブリン!?」


 あまりに気持ちの良い冒険者のリアクションにキャスリンの貼り付けた笑顔が少し動いたように見えた。

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