【短編】追放された支援職は、「戻ってこい」と言われたけど「もう遅い」と言わず話を聞いてみる事にしたようです。

夏目くちびる

第1話

「……なるほど。俺のソロでのSランク昇格を知ったから、戻ってきて欲しいと」

「あ、あぁ」

「役立たずだと疑わずに勢いで追放したけど、後の功績を見て自分たちが間違っていたと理解したから、また一緒に戦って欲しいと」

「う、うん」

「俺のスキルの効果をよく理解していなくて、まさかあんな形で活躍するだなんて、夢にも思っていなかったと」

「そ、そうですわ」



 事実の確認をしたところで、サクはテーブルに頬杖をついて三人の”元”仲間の顔を見る。ハルト、アリア、ミネルバ。彼らは、サクが脱退したニ年前と同様、未だにCランクで燻っていたようだ。



 ここは、ギルドホールのテーブル。4人は、茶の入ったカップを囲んで話をしていた。どうやら、サクをパーティから追放したハルトが過ちに気が付き、よりを戻そうとしているらしい。



「まず、確認しておきたいのですが、本当にあの時は俺が役立たずだと思ってたんですか?」

「あぁ、まさかお前の『支援』があんなに応用の効く能力だったなんて、思いもしていなかった」

「自分たちが、体外的な力によってパワーアップしてる事に気が付かなかった?」

「まだ青くて、戦闘中はガムシャラだった。アドレナリンのせいで、痛みも感じられない時だってあった」

「でも、俺は自分の力をちゃんと説明してましたよね?スキルでの戦闘力の上昇には個人差があって、それに数値化する術が無い為分かりにくいかもしれないけど、確かに効果は発揮されていると」

「あぁ、加入時に聞いていたよ」



 一瞬だけ、サクは黙った。



「なら、それっておかしいと思いませんか?あなたたち、俺がいない時に戦闘したことなかったんですか?感覚的にしか理解出来ない効果なんですから、俺が居ないときに変化を調べておくのが仕事仲間としてのせめてもの筋だと思うのですが」

「したさ。だが、あの頃の俺たちは、自身も成長している真っ只中だった。だから、確認しても、それがお前の力なのか自分の力なのか分からなかったんだ」

「なるほど」



 茶を一口。落ち着いた様子のサクと対象的に、三人の内心は穏やかではない。



「次に、追放した過程ですが。いくら俺が役立たずだと思いこんでしまったとしても、俺の説得を無視するのは思慮が浅すぎたのではないでしょうか。なんの前触れもなく暴言を吐くだなんて、社会人のやることではないでしょう」



 追放を宣言された時、サクは自分の力を証明するべく、彼らに支援した別の冒険者を俯瞰させて、どれだけ能力が上昇するのかを見るデモンストレーションを提案した。成長中のベンチャーパーティから切り離されるのは、あまりにも勿体無いと思ったからだ。



「……それに関しては、わたくしから」



 言葉の浮かばないハルトに変わり、ミネルバが口を開く。



「あの時は、飛ぶ鳥を落とす勢いの新星パーティとして、様々な商人から仕事の指名を受けておりましたよね」

「そうですね」

「ですから、実はハルトさんはそれらの取捨選択に追われる日々だったのです。しかし、パーティ経営の経験が浅く仕事を全うできなかったハルトさんは、あなたの申し出を聞き入れる余裕がなかった。だから、あんなに突発的に追放をしてしまったのです」

「そんな、切迫していた心情に拍車をかけたストレッサーが俺だったと」

「ありのままを言えば、そのとおりですわ。わたくしとアリアさんも、ハルトさんの事情を知ったのはずっと後でしたの」

「しかし、あなたもアリアさんもハルトさんと同じように俺を嫌っていましたよね。ハルトさんに余裕が無かったのは理解しましたが、あなた方二人の理由が不明です」



 追放され、しかし彼女たちはハルトを止めることはせず、サクを冷たく切り離した。そのことについて、サクは懸念を抱いている。



「わ、わたくしの場合は完全なる落ち度です。わたくしは魔法での攻撃と共に支援の一部を担っておりましたし、支援専門のサクさんが居なくてもわたくしがカバーできると思い込んでおりました。ようやく間違っていたと気が付いたのは、次に加入した方が戦闘で命を落とした時です」

「要するに、分業するメリットに気が付かず、実績で天狗になっていたから支援しかしていない俺に不満を抱いていたと」

「はい、申し訳ございません」



 Sランクへ昇格したという客観的な事実がある以上、ミネルバは素直に認めるしかないだろう。



「……それで、アリアさんは?」

「私は、単に君の人柄が好きじゃなかった。だから、追放に賛成したの」

「アリア」



 ハルトが抑えたが、サクは言葉を続けるように手で促した。



「私は、二人と違って君の力を正しく理解していたよ。戦闘中、明らかに自分が強くなっている実感があったし、感謝もしてた。でもね、みんなで喜んでる時に一人だけ冷静だったり、仕事上の仲間だからって普段の付き合いを断ったり、誰が傷付いたって目的だけを優先したり」



 サクは、真っ直ぐにアリアを見ている。



「……私たち、命を懸けて戦ってるのに、そんなのあんまりだってずっと思ってた。だから、君のスキルは信じられても、その冷たさが信じられなかった。背中を任せたら、いつか利益を持ちかけてくる敵が出てきた時、この人は裏切るんじゃないかと思ってた。だから、追放に賛成したの」



 どんな時でも冷静でいる。それを徹底し過ぎたサクの姿に、アリアは恐怖に近い感情を抱いていたのかもしれない。



「俺と仕事に対する価値観が違うのなら、また同じ事になるでしょう。俺は、慣れ合いを好みません」

「分かってるよ。でも、君が派遣冒険者として色んなパーティで働いたのを知って、話を聞いてみたんだ。そしたら、みんなが『サクは派遣だと笑った自分たちと、最後まで戦ってくれた』と言っていた。私がここにいるのは、それが理由」

「自分の意見より、周りの意見を信じてみると?」

「情けないけど、そうなるよ。……ごめん」



 答えたアリアの目が、サクには怯えている様に見えた。それが、少しだけ彼の心を動かした。



「……まぁ、皆さんの理由は分かりました。では、最後の質問です」



 再び、茶を一口。もう、ぬるくなっている。



「なぜ、Sランクへ昇格した今それを言うんですか?俺の評判を知る機会は、昇格の度にあったでしょう。これでは、落ち目となって仕事を受けられなくなったから、俺のネームバリューを利用して飯を食おうとしているようにしか見えません」



 どれだけ謝罪を並べても、そこのところの不満は拭えない。サクの語気が強まるのも、当然の事だった。



「俺たちが落ち目なのは確かだ。だから、経営者としてぶっちゃけるのも何だが、お前のネームバリューにも期待している。このテーブルに招いた以上、打算が無いだなんて言わない」

「ならば、俺が戻る気にならないのも分かってましたよね」

「……分かってたさ。だが、それよりも、俺はお前に謝りたかった」



 ハルトは、拳を握ってサクを見た。



「本当にすまなかった、ずっと後悔していた。あの時の言葉を、取り消させて欲しい。お前は、無能なんかじゃなかった」



 ハルトは深く頭を下げ、アリアとミネルバもそれに続く。



「ずっと、プライドが邪魔をしていた。追放したお前が認められていくのが、死ぬほど悔しかった。だが、それ以上に、そんなお前の才能を見抜けなかった自分に心の底から腹が立った。だから、こうして吹っ切れるまで、顔を見せられなかったんだ」

「わたくしも、もちろんアリアさんも、あなたを信じるのに時間がかかったのです」

「サクの辛かった気持ちは、計り知れない。でも、それでも、どうかあの時の私たちを許して下さい」



 ……沈黙は、三分にも及んだ。



 突然追放されて、身の振り方を一から学ばなければいけなかった事。それによって、追放された無能だと周囲から蔑まれた事。傷がついた経歴を払拭するように、血反吐を吐き続けた事。暇な時間など無く、一人で狂気と孤独の中戦い続けた事。その全てを、思い出したからだ。



 だが、三人はその間、一度たりとも頭を動かさず、ただ震えていた。だから、サクは小さくを息を吐いて、静かにこう言ったのだ。



「……いいでしょう、許します」



 その時、盗み聞きしてたバーのマスターが、止まっていたグラスを拭く手を再び動かした。サクは、それを見て、更に言葉を続けた。



「正直な話、俺は自分の行動を顧みて反省したから、Sランクへ昇格出来たと言えます。未熟だったのは、俺も同じです」



 すると、三人はホッと胸を撫でおろした。安堵の表情に、少しだけ涙が浮かんでいるように見える。



「しかし、再びハルトさんの元で働くかどうかは話が別です。俺に、何かメリットがありますか?」



 一度緩んだ雰囲気が、再び張り詰めた糸のように引き締まる。しかし、これはサクにとって当然の要求だ。人情噺は、彼の恨みを溶かしても、仕事に対するスタンスまでを変化させることは出来ない。



 だが、冒険者としても経営者としても成長したハルトは、それを忘れるような愚かな真似はしていなかった。



「メリットなら、まずは金だ。500万ゴールド、移籍金として用意している」

「500万程度なら、一月もせずに稼げるでしょう。そこまでのメリットではありません」

「分かっている。これは、俺の誠意だ。大した交渉材料になるとは思っていない」



 自分を落ち着かせるように、ハルトは茶を口へ含んだ。



「次に、話題性だ。ソロでSランクへ昇格したお前がパーティへ加入したと知れば、商人や貴族も物珍しさから俺たちを指名してくるだろう。仕事が増えて、すぐに昇格が見えるようになる」

「それは、俺がどこのパーティへ参加しても同じ事ではありませんか?」

「あぁ。だから次のメリットだ。他と差別化を図る為、俺はウォルマート公爵家とコンタクトを取った。その結果、もしもウォルマート公爵から発注されるAランククエストを年内に10つ達成すれば、正式なスポンサーとなってくれるように契約を取り付けたんだ」

「口約束ですか?」

「いいや、契約書にサインを貰っている。これだ」



 それは、割り印の押された一枚の紙。確かに、ウォルマート公爵のサインが入っている。その契約内容を達成出来なかった場合、ハルトが莫大な違約金を支払う約束になっているらしい。



「俺が入らなければ、あなたは死ぬまでタダ働きですよ」

「そうかもしれない。だから、サクがダメなら別のSランク冒険者にも声を掛けるつもりだ。言っただろ、先にお前に謝りたかったんだって」

「……そうですか」



 同情を誘う為、謝罪の前にこれを見せる事だって出来たハズだ。その事実が、再びサクの心を動かした。



 おまけに、報酬は公爵家のスポンサード。一体、Cランクのハルトがどうやってこの契約を取り付けたのかは分からないが、サクにとっても間違いなく魅力のある提案だった。



「しかし、俺がSランクだからと言って、その力でAランクへ昇格しても実力に見合わない称号で困るハズです。仮に俺が死んだとして、その後にどうするんですか?他力本願過ぎますよ」

「分かってる。だから、次の最後のメリット」



 間を使い、駆け引きをされている。サクは気が付いたが、話を聞きたい衝動を抑える事は出来なかった。



「なんですか」

「ハッキリ言って、Sランク冒険者ってあまり意味がない。そう思わないか?」



 ……それは、昇格したサクが最も感じていた事だった。何故なら、大抵の仕事や魔物の討伐はAランク冒険者で事足りる。その為、Sランクのクエストは発注される事自体が稀。わざわざ難易度を引き上げて、報酬を余分に支払う依頼主など存在するハズがないからだ。



 つまり、この称号は持て余す。その為、サクはAランクのクエストをこなして飯を食っていくつもりだったのだ。



「だから、お前は俺たちを育てる指導者としての立場を得るんだ」

「指導者?」

「あぁ。俺たちを育成し、実力を付けさせる実績を積む。そうすれば、歳をとって冒険者を引退しても、くいっぱぐれる事は無い」



 ハルトは、過去に散っていったパーティを見て、サクが「もっと上手い方法を知っていれば」と呟いたのを覚えていた。



「それも、他のパーティで出来る事では?アイデアを披露してしまった以上、俺が別でそうしても文句は言えないでしょう」

「いいや、そうでもないさ。指導の経験の無いお前が一から指導者として働くのは、ほとんど無理に近い。自分との実力差に呆れもするだろうし、その感情を隠すのだって容易ではないハズだ」

「まぁ、否定は出来ませんね」

「ならば、一先ずは最低のEではなく、Cというある程度の実力を持っている俺たちを指導してみる、というのは合理性のある選択だろう」

「一理あります」

「それに、俺たちは互いを知っている。ここが、最大のポイントだ」



 サクは、眉を動かした。



「お前の至らない点を、弟子ではなく元同僚としての目線でフィードバックが出来る。これは、お前の将来にとってかなりのメリットになると思うぜ」



 そして、ハルトはもう一度茶を飲んだ。



「だから、どうか戻って来てくれないか。双方にメリットのある、有意義な提案だと思う」



 契約書を読み、内容を精査して、ハルトの提案を頭の中でシミュレートする。道理は、通っている。寿命の短い冒険者に与える、将来性もある。そして、何より自分は彼らを許している。ならば、この条件の労働を他者に譲るのは相当な下策なのではないだろうか。



 当たって砕けてしまうリスクを負う浅い部分はあるモノの、彼が自分よりもリーダーとして優れているというのが、サクには理解出来た。何より、経験不足による失敗を認めたハルトの謝罪の言葉が、経験を得るというメリットに確かな温度を与えていたのだ。



 だから、再びシミュレートをして、今度は三人との関係を予想した上で、サクはようやく口を開いた。



「……参りました、ハルトさん。俺は、再びあなたの元で働きたいと思っています」



 瞬間、アリアとミネルバは息を吸い込み、歓喜の表情を浮かべて涙を流した。緊張の糸が切れて、感情が漏れ出してしまったのだろう。ハルトは……。笑っていた。



「これから、よろしくお願いします。ハルトさん。仲間として、指導役として、一緒に戦いましょう」

「あぁ、よろしく頼む」



 そして、二人は固く手を握った。



「しかし、一つだけ条件を変更させてください」

「う……。な、なんだ」



 手を握ったまま、若干顔を引きつらせて聞く。やはり、最後に何か仕返しをされるのではないだろうか。



 しかし。



「移籍金の500万は、派遣冒険者へ支払う義務がありません。そのお金で、まずはBランクに相応しい武器と防具を揃えてください。それが、最初の指導です」



 サクもまた、あの頃よりも成長している。そんなことを、ハルトは実感したのだった。



「あ、あぁ!」



 これが、後に世界の歴史を変える活躍を見せる事となる、伝説のパーティ『H.A.M.S』(ハムス)の二度目の結成の秘話である。



 しかし、彼らの台頭によって冒険者稼業のビジネス化が進み、より情報と戦略がモノを言う生臭い世界へと変わっていく事を、この時はまだ誰も知らなかった。

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【短編】追放された支援職は、「戻ってこい」と言われたけど「もう遅い」と言わず話を聞いてみる事にしたようです。 夏目くちびる @kuchiviru

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