第35話 エピローグ



 平日の朝。シュタルスとの決闘から何日経ったのか、数えるほど神経質にはならなくなった。それを忘れるほどに、充実しつつも忙しい毎日を送っている。


「やっべ、目覚ましかけ忘れてた!」


 時刻は八時二十五分を過ぎ、遅刻寸前だった。


「しっかりしてください、司」


 寝起きのセブンが布団をたたみながら注意してくる。お世話焼きなのは相変わらずだ。


「大体セブンは身の回りの世話に来たんじゃないのかよ……あーそっかぁ、セブンもお寝坊さんだから起きられないんだなぁ~」

「なっ、……私はお寝坊さんなんかじゃありません!」


 寝癖で乱れたくしゃくしゃの髪を手櫛で梳こうとするが、すぐに元に戻る。それがおかしくて、つい笑ってしまう。


 相変わらずセブンは丁寧な口調だった。クレイグと話していた時の喋り方は、俺の前だとはずかしいと言って、しゃべらない。俺としては、どっちでも可愛いんだけどな。


 結局、俺はジョーカーとの戦いの後も後継者争いにはまだ参加している。


 カードを失ったシュタルスだったが、ジョーカーとは、元々戦いのバランスを調節する係だからそもそも戦いはしないのが普通……らしい。しかも、カードがなくなってもジョーカーは参加し続けられるそうだ。最初から最下位なのだから、あまり関係ないとのこと。例外もいいところである。


 それと、クレイグが日本に来たときから計画されていた一連の事に関して。セブンが契約に書いていたことと、境遇は真実らしい。もちろん許嫁の件も。しかし、クレイグがセブンの考えていることをお見通しで、且つ、『どうせ娘は何もアプローチできんじゃろうし、わしらでおだててやるわい』だったそうな。


 それでもやっぱり、皆が協力してくれたのは、すごく嬉しかった。


「急ぐぞセブン、またアツアツ夫婦なんて言われちまうぞ!」

「それを言うならなかよし夫婦です!」


 そこじゃないだろ………と思いつつ家を飛び出る。鍵を閉めた時にセブンを見ると、鞄と一緒にパンダのぬいぐるみを持っていた。ぷっ、と小さく吹き出すと、セブンが詰め寄ってくる。


「も、もう、なによツカサ! ……あ」


 自分の口調に気が付いて、顔を真っ赤にしてセブンが踵を返す。そして、わざと咳払いをして、深呼吸をして、元の調子でこちらに振り返る。


「さ、行きましょう司」

「そうだな……セブン――――――って、こんな呑気にしてる場合じゃないぞ!」


 二人で一気に駆けだして、学校へ急ぐ。


 あれから、恋人のような関係は、表立ってなくなった。というか、みんなの前では恥ずかしくてとてもできない。なんでできてたのか自分でもなぞだった。セブンに触れるだけで体が熱くなりそうだし。同棲してる身で言えたことではないけど。


 歩道を駆け抜けていると、黒い外車がゆっくりスピードを合わせてくる。窓が開くと、そこにはヒルダとクレアが並んで座っている。


「ごきげんよう、朝から仲睦まじいですわね」

「ホンッと、見てるこっちが恥ずかしいわよ」


 ヒルダが俺たちのいる高校に編入してきたときはびっくりした。何でも暇だから、が理由らしい。クレアとも仲良くなって一緒に車で来ているらしい。


「では、また後ほど」


 車は過ぎ去って、見えなくなった。やばいやばい、俺たちも急がないと。何とか学校へ着いたが、教室に入るなり、皆がまた同じネタでいじってきた。


「おい! 新婚夫婦が入って来たぞ~!」

「お、おい! まだ結婚は……」


 戦いが一段落して、皆、俺やセブンに前よりもっと声をかけてくれるようになった。好奇心旺盛な高校生が、話題の人間達を放っておく訳がない。クレアもヒルダも注目の的だった。


「ねぇ、セブンちゃん、同棲生活ってどうなの~?」


 女子の一人がセブンにエアマイクでインタビューする。途端にセブンは赤面して俯いてしまう。そしてあつーい、と歓声が上がる。もうやだ、恥ずかしい。

 ちなみに、俺たちはまだ結婚していない。絶対的な要因として俺が年齢を満たしていなかった。セブンの方は、十六歳だったから驚きだった。俺より一こした、つまり高校一年生なのだ。でも、問題も普通に解いている。支障はないので同じ学年として過ごしている学校生活は、まぁまぁ楽しくなってきていた。




 放課後、次第に寒い季節に近くなるも、まだまだ秋本番。夕暮れ時でも暖かかった。


「はぁーあ、やっぱりつまんないわね、ぜんぶ分かってると」

「同意ですわね。まわりから質問されて大変でしたもの」


 前を歩くクレアとヒルダが談笑する。……それはお前らの頭の構造がおかしいんだよ。


「はぁ……この分でいくと、中間試験ヤバそうだなぁ」

「大丈夫ですよ、司。いざとなれば私がマンツーマンで教えますから」


 ぐっと拳を握るセブン。自信満々なのはいいが、年下に教えてもらうってのも、何かへこむ。


「見てよヒルダ、こっちまで何か当てられちゃいそうだわ」

「二人の愛がはぐくまれている様子がよくわかりますわね、あついあつい……」

「も、もう二人ともやめてくださいよ!」


 ねぇ、と前のお嬢さま二人で笑っている……ムカつくなぁ。でも、茶化されて顔を赤くしながらも、セブンは楽しそうだった。


 そうだ、結婚しない理由がもう一つあった。それは、セブンの夢だ。いつか自由に俺と結婚するために、セブンは戦っている。許嫁なんて束縛はいらない。自分の意思で、ちゃんと結ばれたい、と。


「あはは、セブンったら顔真っ赤!」

「照れ屋さんですわね、セブン」

「ぜ、ぜんぜん照れてなんかないもん!」


 口調の変化に二人が固まる。もん? もん? と顔を見合わせるなか、セブンがたじろいでいた。


「もぉ、かわいいわねーセブン!」

「妹に欲しいくらいですわね」

「もう、クレア、ヒルダ! 怒りますよ!」


 セブンがむきになればなるほど、二人は面白がっていた。……俺も面白いからいいけど。


「ツカサ、何か言って―――ください!」


 明らかに口調が戻っていたが、気にしなかった。これが、このセブンが、今のありのままなんだ。だから、俺はそれでいい。


「ったく、……ホントは照れてるだろ?」


 ちょっと意地悪してみると、セブンが詰め寄る。


「わ、わたし照れてないもん!」


 やっぱりセブンは、可愛かった。これは絶対だ。



 こんな毎日が続けばいいと思う。

 毎日笑って、皆で過ごして、ご飯を食べて……そんな楽しい毎日が、ささやかな夢の一部だったりする。


 後継者争いを続けるからといって、警察官になることを諦めたわけじゃない。いつか、あのおまわりさんのように、立派な人になりたい。セブンも、応援してくれるようになった。


 そして、いつかセブンが〝スート〟から解放されたら、本当の意味で、自由な結婚ができる。だから、俺はその時まで待とうと思う。



 もうセブンの夢は―――俺の夢でもあるのだから。

          



    アトツギ・ヒキツギ (了)

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アトツギ・ヒキツギ ムタムッタ @mutamuttamuta

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