第33話 スペードの7 剣条司 



 ターミナルを出ると、乗り捨てた自転車は既に撤去されていた。無理もない、思いっきり放置してたんだからな! でも困ったぞ。


「くそ、車は使えないし……どうしたら」

「ツカサ、あれ!」


 はるか上空から接近する物体が一つ。それは距離を縮めるほど轟音を立て、俺達の真上で止まった。プロペラが回転して、そこに浮遊している。……ヘリコプターだった。そこからロープで出来た梯子が俺たちの下へ降りてきた。


『そこの新婚夫婦、気分はどう?』

「クレア!」


 ヘリのスピーカーなのか、大音量でクレアの声がした。7を先に行かせようとすると、顔を赤くして立ち止まった。


「その……ワンピースですから………ツカサが下にいると……」


 丸見えモロ見えってことですか。気にしてなかった。でも俺が上下どっちでも駄目なんじゃないか……と思ったが、ツッコむのはやめておいた。


「そっか……じゃあ上行くよ」

『こらぁ! そんな見せつけるようなバカップルさはいらないから早く乗りなさーい!』


 クレアに水を差されて我に返る。お互いに顔を赤くして梯子に手をかけると、自動で上がっていきヘリ内部に到着した。操縦しているのが8でその隣がクレア。そして対面するように座る二人掛けの席の片方に、ヒルダとQがいた。皆無事のようである。


「ごきげんよう。そして心から祝福いたしますわ」

「ど、どうも。って、やっぱりさっきのも……」

「ばっちり撮られてましたよ、お二人とも」


 くすくす笑いながら8がツッコむ。またかぁっと熱くなって俯く。隣をチラッと見ると、7も俯いていた。……俺、テレビに映りながら恥ずかしぃっ!


「でも、まさかスートがプロポーズするってのもなかなか驚きよねー」

「はぅ……」


 ヘリが前進し、街へ向かい始める。しかし、このヘリのプロペラ音のほかにも、同じ音がした。


「お二人に申し訳ないのですけど、ヘリは反則なんじゃないかって、撃墜に来てらっしゃる方々がいるのです」


 ヒルダの説明の傍らで、Qが長い筒を持って外へ身を乗り出した。そしてそれを肩に担いで直後、筒から煙が出て何かが飛んで行った。数秒後、爆発音とともにQが席に戻った。何のためらいもなく爆撃したようだ。こ、これがグリズランドクオリティ……!


「つまり、こういう事ですわ」

「おいおい、まさか!」

「安心しろ、狙って撃っている。乗組員は全員脱出している」


 Qの冷静な説明。問題はそこじゃないと思うんだけど……まぁいいや。誰も傷ついてないなら。 三十分かけて、ようやく街へ戻ってきた。しかし、まだ背後からヘリが追跡してきていた。


「しつこいわね………おしどり夫婦、それで降りなさい! 初心者でも使えるように、非も引っ張ればすぐ開くから!」


 クレアに指さされたのは俺達の背後、リュックサックのような形をしたものだった。察するにパラシュートだ。


「クレア! わ……わたしの服……」

「もう、これでも履いてなさい。降りたら適当に脱ぎ捨てとけば回収に行くわよ!」


 腕だけこっちに突き出して、学校指定の紺色のジャージを渡してきた。器用に座ったまま7が履くと……やっぱり不自然だった。


「そ、そんなに見ないでください……」

「い、いや……」


 でも、恥じらう姿が可愛いからアリだな。これはこれでカワイイぞ!

 気を取り直してパラシュートを装着する。


「多分ここから落下すればみどり公園に行けるはずよ。……そこから聖上教会なら走れば三十分で行けるわ! ……頑張って、二人とも!」

「健闘を祈ります」

「ここは私たちに任せて先を急ぎなさい! 貴方達二人が勝つことを信じていますわ」

「行け、剣条司!」


 それぞれが、俺達を信じてくれている。こんなにも俺は、いろんな人に囲まれてたんだ。振り返るな……俺は、勝つんだ!


「飛ぶぞ! 7!」

「はい、ツカサ!」


 お互いに空へと飛び出し、風に身を任せて降下していった。脇腹辺りに来ていた赤いヒモを引っ張ると、うまくパラシュートが開いた。……こっから、どうすればいいわけ?


「ツカサ! 今から私の言う通りに操作してください!」


 上空から声がする。右、少し左、と操作に従ってパラシュートの降下地点を定めていく。


「そのままです! 着地時の衝撃に備えてください!」


 みどり公園の更地に向かって、そのままゆっくり降りていく。そして着地。足に来る衝撃が波のものではなかったが、気合で我慢した。パラシュートを脱ぎ捨て、7と合流する。いつの間に、7はジャージを脱いで手に持っていた。


「はやく急ぎましょう!」


 時刻は五時半。何とか間に合うってところか……。自転車で疾走して体力は無くなりかけていたが、7の為になら、まだ走れる。


「危ない、ツカサ!」


 踏み出した瞬間、空から何かが降ってきた。というより、落ちてきた。7が体当たりの要領で俺を巻き込んで飛んだ。


「―――よくここまで戻って来たな、びっくりだよ」


 かわしたところにあったのはジョーカーの大鎌だった。ジョーカーがその傍に降り立って、ひょいと拾い上げた。


「ツカサ、大丈夫で」

「7、悪いけど先に行ってくれ」


 自分で起き上がって、7の手を引っ張る。不思議と、ジョーカーを前にしても怖気づくことはなった。7は何も抗うことなく、苦笑を浮かべた。


「―――わかりました………これを」


 一体どこから取り出したのか、7の使っていたサブマシンガンとマガジンを俺に渡してきた。ずっしりとした鉄の重み。同時に、7の信頼を意味する。


「中はゴム弾なので、ジョーカーが死ぬことはありません。思いっきり戦って倒してください!」

「あぁ!」


 7はパンダのぬいぐるみを抱きかかえて、教会へ走って行った。


「前に言ったよな? もし倒したいなら、また会った時に挑んて来いって」

「あぁ……そうだな」


 勝算のない戦いなんて、するもんじゃない。後継者争いが始まった当初は、そう考えていた。でも、今は違う。俺は目の前の子の男に勝ち、そしてシュタルスにも勝利し、7と一緒にいたい!


「なら、リベンジさせてもらうぜ、ジョーカー!」


 片手でサブマシンガンを放つと、反動で照準が揺れた。すかさず両手で押さえて撃つと、誤差こそあれど、ジョーカーを捉えることはできた。しかし、ジョーカーが銃弾をもろともせず、ヒルダや8、7以上の速さで翻弄してくる。


「ハッ、その程度か!」


 上空から大鎌を振りかざすジョーカー。銃口を上に向けて、トリガーを引く。だがジョーカーは虚空を蹴るように空中でステップを踏んで回避した。


「まだだ、こんなもんじゃない!」


 弾を装填して、もう一度構える。しかし、視野にジョーカーはいない。


「素人同然の人間に――このオレが負けるわけがない!」


 耳元でささやくような声が、背後から聞こえた。振り向く間もなく、鎌の柄の部分で薙ぐように殴打される。サブマシンガンを落として、得物を失ってしまった。そしてジョーカーは、大鎌でサブマシンガンを真っ二つに叩き割った。


「勝負あったな……」


 勝ち誇った顔で、冷笑された。……でも、俺は諦めない。諦めてはいけない。必ず教会へ行くんだ。……ジョーカーに、シュタルスに。


「俺は…………勝ぁつ!」 


 立ち上がり、力の限り叫ぶ。腕が折れようと、足が砕けようと、俺は、敗北を認めない。


「7のいないお前に何ができる!」


 地面を蹴りあげ間合いを詰めるジョーカーが俺に問う。


「いるさ! ………あいつは、いつも俺と一緒だ!」


 これからも、ずっと。だから、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない! 


「ならば見せてもらおう! スペードが7、剣条司よ!」


 縦に振りかざされた大鎌に、俺は正面から突撃した。


「何っ!」


 腕を上げたままのジョーカーはそのまま大鎌を空へ放って体を捻って俺の突進を流した。ジョーカーは捻った勢いに任せて膝蹴りを繰り出す。俺は腹に直撃したが、『弾圧する壁』を何度も受けた俺にとって、許容範囲だ! 地面に転がる。すぐに立ち上がる。


「遊びは終わりだ!」

「………来い!」


 意味もなく、身構える。ジョーカーも手先まで伸ばして突く構えを取っていた。俺もジョーカーも動かず、静寂に呑まれる。


 空を舞う大鎌が、地面に刺さる。ジョーカーの姿が視界から消える。コンマの世界で、ジョーカーが目の前に現れた。その左手が、俺の顔面に襲い掛かる。だが、俺にはその動きが若干緩慢に見えた。


「終わりだ!」

「お前がな!」


 全身を左に傾けてジョーカーの必殺のストレートを回避する。頬を掠めるジョーカーの手が通り過ぎていく。そして、重心をもう一度左に戻す勢いに乗せて、右手の拳に力を入れる。


「ぬりやぁああああああっ!」 


 突き出した右腕を誰も止められない。ジョーカーの頬を捉え、直撃した。


「ぐはっ!」


 ジョーカーは後方へ吹っ飛び、倒れてそのまま動かなくなった。……勝った、のか? 息を切らしながらジョーカーへ近寄る。


「……オレの負けだ……さっさと行け」


 そっとしておこう。……ここにいても意味はない。ジョーカーの言う通りに、俺は教会へ走った。



「ったく、当てないように鎌を振るのも骨が折れるな……………しかし、結構本気で戦ったのに、最後のパンチは避けられなかったな、情けねぇ……、『愛は強し』ってか? ま、せいぜいがんばれよ、剣条司」



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