第15話 にぎやかな夕食



 クレアに雑巾を持たせ、床を拭かせている間に、8に事情を聞いてみた。


「実は……先日の戦いの様子を視聴していた国民の総意で『コイツヤベェんじゃねぇの』という意見が多数上がり、危険分子とみなされ順位が最下位付近まで降格。………おまけに、元々住んでいた住居からボロアパートに移された結果、クレア様が怒り、アパートを破壊してしまって………」


 ピタリと、掃除中のクレアの体が固まった。


「そして何とか過ごしてきた今日の夕食。金銭面でも自国からの仕送りを断たれ、残金でファミレスへ寄ろうにもクレア様は『嫌だ』の一点張り。わがまま言いたい放題の末、唯一知っている剣条様の下へ来た所存です」

「……全部クレアの責任だよな?」


 廊下のクレアに目をやると、小さくうずくまっていた。頭を抱えて身を縮めていた。……何と哀れなことよ。


「まだ一回しか負けてないのにこの仕打ちはひどいわ!」

「うっせぇな。黙って綺麗にしろよ」


 ホントにクレアが床を拭いているのか気になって料理どころじゃなかった。ただ、この前の事は、国民の気持ちになればそりゃ仕方ないとしか思えない。すぐ怒って暴力振るうんじゃ、それは暴君だ。とてもついていけない。


「うぅ………うぅっ……」


 腹の虫を鳴らしながら、くしゃくしゃにした顔のまま雑巾を絞るクレア。見るも無残な結末。命の取り合いまがいをすれば、後継者争いどころじゃなくなるわけか……


「クレア様、やっぱりお手伝いします」


 クレアをなだめながら一緒に掃除をする8。さながら姉妹だった。こうしてしまったのは主人本人の責任ではあるが、多少なりとも売られた喧嘩を買ってしまった俺も悪いか……


「7、もう二人分くらいは作れるよな?」


 これ以上面倒なことにはしたくないしな………一食くらい、いいかな。


 7は声を発することなく、微笑と共に首を縦に振った。


「あ、ありがどゲンジョウ……!」


 さすがにこれ以上冷たく接することは人として憚られた。そして今夜の食卓は四人で囲むことになった。


「ま、普通の味ね」


 肉じゃがを一口放り込んで、クレアはそう評価した。そして、俺はクレアから肉じゃがを取り上げた。


「そういうのはわかってても『うまい』っつーんだよ」


 取り上げた皿をもう一度クレアにもぎ取られる。


「褒めてるわよ! 普通って言うのは『普通においしい』ってことよ!」


 クレアは白飯をガツガツかきこむ。案の定、喉に詰まらせて顔を青ざめさせていた。


「せーのっ!」


 8が平手打ちでクレアの背中を叩く。何は逃れたものの、今度は急き込んでいた。……忙しい奴だな。


「まったく………この寛大なワタシの態度に感謝しなさいよ」


 また性懲りもなくがっついた。勿論、クレアは箸ではなく、スプーンで食べている。


「よくもまぁ人の家に来て、そうデカい態度とれるよな」


 皮肉交じりに吐き捨てると、クレアは得意げに笑った。………こいつ、嫌味がきかねぇのな。相手をするのはもうやめて、食事を続けることにした。


「そういえばさ8、クレアって俺と血のつながりあんの?」


 ピタリと手を止めて8が箸を置いた。そして耳元でささやく。


「彼女は元々戦争孤児で、家系図としてはグレゴリウス二世の親戚の貴族の息子に引き取られた養子です」

「完全に血の繋がりは無いのな」


 クレアの経歴を知ると、多少なりとも同情してしまった。


「今さら、正統な血統なんて必要とされてませんよ。世襲なんて、本来時代遅れですから……クレアはあぁお馬鹿に見えますが、それなりの努力はしていますから、学力だけではあなたよりも数段上です」

「頭のいいバカなんだな」

「身も蓋もないことを言わないでください」


 8も食事に戻った。しかし、落ち着いて食べる暇もなく、今度はクレアが、7の傍らに置いてあるパンダのぬいぐるみに注目していた。


「それ、7の?」

「はい、司が買ってくれました」


 いつの間に着替えていたのか。7はピンク色のパジャマ姿になっていた。7はそっとぬいぐるみを撫でた。


「なぁに? 結構カワイイとこあるじゃない?」


 クレアが茶化すと、7は顔を赤らめてぬいぐるみを抱きしめた。お、かわいらしいな。ムッとした顔で7がクレアにぬいぐるみを突き出す。


「この勇ましい白黒の獣のどこがかわいいというのです! クレア=シルベスター、よく見てください! このパンダを!」


 食事中も構わず、7はクレアの顔面にぬいぐるみを押し付けた。無垢な表情のパンダが恐ろしく見えた。


「んぐぐぐ、わかった、わかったから!」

「まったく……このタアシュンマオのなんたるかを理解していない……!」


 おいおい、7だって知ったの数時間前じゃねぇか。ふくれっ面でぬいぐるみを撫でる少女に、心の中でツッコんだ。





 夕飯が終わって、俺達はデザートのプリンを食べていた。クレアと8の二人にヒルデガルト=バルツェルの事を話した。


「ダイヤのQ、か…………またとんでもないのに目をつけられたわね~」

「ヒルなんとかがか?」


 プリンを食べながらクレアは話を続ける。


「ヒルデガルト=バルツェル、ヨーロッパでは有名よ。バルツェルって聞いたら、知らない貴族や富豪はいないはず。グリズランドの貴族の人間の末裔で、西欧に進出して財閥になるまで上り詰めた人間の娘よ。今回の戦いでも注目されている人物の一人………そんな相手なら舎弟でもいいからなればよかったのに」

「誰が舎弟だ、誰が」


 俺の言葉を無視して、クレアがテーブルに三枚の金色の板を出した。板にはそれぞれクラブの3、ダイヤの5、ハートの4が刻まれている。


「ワタシの収穫は三枚。……ケンジョウは、あれから戦ったの?」

「いや?」


 あきれてものも言えない、といった様子で、クレアはプリンを口に運んだ。


「よくもまぁ、それで断れたわね」

「拒否するくらい誰にだってできるさ。断る勇気、これ大切」


 デザートの甘さだけが、殺伐とした雰囲気とは対照的に気分を和ませた。


「ま、先輩としてアドバイスするなら、戦うことになったとしても私の時みたいな武力行使はやめておいた方がいいわ」


 自覚はしてるんだな…………話の腰を折るのも憚られたので、仕方なく続ける。


「どうして?」

「知ってるかもしれないけど、スートは全部で五十三種類。スペード、クラブ、ハート、ダイヤのAからKまで。数字が大きくなっていくごとにスートの力は弱まって後継者本人の力が強力という事になるわ。ただ、どれにも属さないジョーカーだけはどちらも規格外、って聞くけど」


 じゃあ、俺と7は言いようのないくらい『普通』なんだな。あまりほめられたものじゃないな。


「彼女のQというランクは、単純にヒルデガルトが強いからなの。……スートの方は恐らく執事程度の能力。戦闘能力で比較すれば7の方が圧倒的に上よ」


 ホントかよ……屈強な男の姿を思い出すと、得意げに語る少女の言葉が虚言にも聞こえなくはない。今はこいつの説明をちゃんと聞いた方がよさそうだ。


「もし挑むのなら………そうね、前やった、ジャンケンとか?」

「じゃんけん?」

「そ。ニッポンの遊びなら、ほかならぬニッポン育ちのケンジョウの方が有利。決闘って言うのはね、正々堂々とかじゃなくて、自分の土俵に相手を誘い込む罠なのよ。………そうね。やるならもっと……ヒルデガルトが絶対に知らなさそうな遊びとかないの?」


 突然言われたって思いつくものはない。……とりあえず幼少時代の自分の姿を思い出しながらしていた遊びを数える。しかし、これと言っていいものはない。


「何かないの?」


 そういえば……中学校の時、一時期缶けりが流行ってたな……


「缶けり………とか?」


 まぁ却下だろ。冗談半分でぼそっと呟くと、三人はデザートを食べる手を止めた。凝視してくる目に対して、思わず視線を逸らす。


「いいんじゃない? それで」

「そ、……そっか」


 7と8は何も言わなかった。きっと、主の言葉に逆らわないように、なんだろうな。

 あまりにもあっさり決まってしまったために、苦笑がこぼれた。


「よし、じゃあ今週の土曜日に練習な」


 俺は、7の顔を見てはっきり伝えた。


「了解です」


 無論、7も二つ返事だった。





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