第38話 通したい意地

 何度か練習をしてみて、やはりこのやり方でもしっくり来ないため、両方とも鞘に入れて、鞘ごと構えるようにした。左手で持つナイフが、鉈を振っている右腕に掠めるのではないかと気になり、集中が途切れてしまうのだ。順手ではもちろん、逆手で持っている時には特に気になってしまう。右腕を振る時の左腕の位置取りが難しい。盾のように身体の中心や、顎、心臓などを守るような構え方では、どうしても刃先が掠めてしまいそうになる。こんな体たらくで、よくも四つ手との戦いでやろうと思ったものだ。改めて、実戦の集中力の高まりを実感すると共に、こんなことに気が付かないほど切羽詰まっていたことが想像できる。


 極度に集中力が高まっている状態であるならばまだしも、現状の練習では鞘から抜いた状態で怪我無く振り続けるのは難しいだろう。そう結論づけて、鉈の振り方から見直しを始めた。片手剣と盾という組み合わせを当てはめるのではなく、あくまでも両手に刃物を装備しているという意識をしっかり持つ必要がある。

 あと、左手のナイフでどの程度相手の攻撃を捌ききれるのか。剣を弾くというのは、しっかりと受け止めることさえできればできなくはないが、それでも、この刃渡りで剣を受け止めるにはかなり訓練が必要だろう。やはり、基本的には避けることを前提にした体捌きと、避けた後に左右どちらからでも攻撃を加えられるという利点を活かした戦い方を模索していく必要がある。


 ここまで整理したところで、普段の長剣での戦い方と大きく変わる可能性に気付いた。長剣での戦い方も避けることが中心になるものの、剣の振り、距離のとり方は大きく違う。長剣では、剣の腹を使った防御や受け流しもできなくは無いが、この二刀ではどうしても別の難しさがある。この二刀を実戦でも使えるようにするためには、長剣とは別に訓練の時間がそれなりに取られることになる。長剣の動きとの親和性が低いのだ。

 それでも敢えてこだわってみようと思った。あの長剣も、この鉈もナイフも、冒険者をやると決めた時からの、いや、それ以前からの付き合いだ。冒険者をやる理由の一つでもある。どうしても使えない状況、もしくは使えなくなるような状態になってしまうまでは、これにこだわり続けるべきだ。徹底的な効率化を目指して稼ぐわけでも、高みを目指しているわけでもない。冒険者として、冒険し続けること、そうあり続けること。それが、自分で決めたことだ。だからこそ、多少の非効率であっても、こだわるべきところにはこだわる。そしてその意地のようなこだわりを通すためにこそ努力をすべきなのだ。


 いつの間にかランドが戻ってきていた。細身の棒のようなものを振りながら、前後に動いている。少し長い気がするが、それでも木剣よりは軽いのは間違いない。しばらくはあのまま続けさせようと、ルークスはまた自分の世界へと戻っていった。


「あんた、いつまで剣を振っているんだい?」


 サラーナの声ではたと気づいた。周囲は少し日が陰り始めている。ランドもすでに剣を振るのを止めて、まだ日差しが当たっているところに椅子を持ち出してこちらを眺めていた。


「集中し過ぎてたみたいだ」

「全くだよ。あの子も、おじちゃんに声かけられなかったって言ってたくらいだからね」

「それは悪いことをしたな。この感じだと、七の鐘も聞き逃したみたいだ」

「七の鐘どころか、もう少ししたら八の鐘だよ」

「そんなに時間経っていたのか……まあ、言われてみればそれなりに疲れてるな」


 ルークスの全身は汗に濡れていた。腕、特に鉈を持ち続けていた右腕がかなり重い。時間の経過を認識したせいもあってか、急激に疲労を感じてしまった。


「そう言えば、ランドの母親はどうだった?」

「ああ。そうだね。できればあんたにも話をしておきたいんだけど、その前に汗流しておきな」

「わかった。どこで話す?」

「あんたの家かね。ダメならあたしの家でも良いけど、旦那がうるさいからねぇ」

「俺の家で良い」

「それじゃ、あたしはランドちゃんの家で晩御飯の準備だけでもしておくかね」

「ああ、すまないな」

「良いのさ。好きでやってることだからね。それにあんたが謝るものでもないよ」


 そう言ってサラーナはランドと共にランドの家に戻っていった。

 ルークスは一度手ぬぐいと着替えを取りに戻り、井戸から組み上げた水を何度か頭から被った。水の冷たさが、少しだけ汗が冷えた身体をより冷やしていく。今晩は湯浴みをしたい。湯を沸かすことが手間ではあるが、ここしばらくは水ばかりだった。そのうち浴場に行くのも良いかもしれない。あまり裕福ではない家庭でなければ、ほぼ毎日浴場へ行くことが多い。こうやって水浴びだけで済ませるのは、冒険者の中でも大雑把な者くらいだった。とは言え、自宅のすぐ側に専用の井戸があり、ある程度こまめに水浴びができるような環境にいるものは稀だ。その意味では、浴場に行かなくても相応に清潔を保てるこの家の環境は素晴らしい。本来ならば、水浴びだけのための部屋が室内に設けられているので、そこで浴びる。このあたりも、元々の寮として使用していた衛兵の家族に対しての配慮を感じる作りだ。この長屋が建てられた頃は、今よりも浴場の数が少なかったのだろう。浴場のように湯を沸かして溜めておける設備は無いが、タライに湯を張って、気兼ねなく湯浴みをできるような部屋をわざわざ用意しているのは、家の作りとしてはかなり珍しい。自宅でとなると、普通は自分の部屋で慎ましやかに身体を拭くくらいだった。


 さっと水を浴び着替えた後、自宅へと戻ってサラーナを待った。そして、ほどなくしてサラーナが一人でやってきた。

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