第17話 奪還

 驚いている暇はない。

 鉈を横に振るうように剣に合わせ、そして後ろに下がる。投石をする四つ手はいくらでもいるが、剣を使ってくる四つ手は聞いたことがない。


 ありえない。


 そう思いながらも、現実から目を逸らすことはできない。

 振るわれる剣を避け、鉈で払いながら、攻撃の機会を探る。

 四つ手の右の後腕は切れており、大きく動くたびに血が少しだけ飛んでいる。その傷を無視するかのように、右の前腕で剣を振るっている。ただ、動きは単調だ。元々の戦闘経験も未熟な上に、慣れない剣を使っている。これならば四本の腕を使って攻撃していた方がよほど強いのではないか。


 最初は驚きから焦り、戸惑い、動きが硬かったルークスだったが、次第に四つ手の動きにも慣れていったのを自覚した。

 剣をしっかりと学んだわけではないが、それでも今日初めて剣を触ったであろう四つ手とは、当然ながら比較になる腕ではない。攻撃を避け、腕や腹に少しずつ傷をつけていった。

 何度か切りつけていくと、次第に四つ手の動きが鈍くなってきた。致命傷を与えることはできないにしろ、このままであればいつかは仕留めることができるだろう。だが、こちらも体力の消耗が激しい。万が一逃げられた場合、再び追うのは難しいかもしれない。

 なんとかして剣を取り返しておきたい。

 どうするべきか。

 剣を叩き落とすか弾き飛ばす。腕を切り落とす。早い段階で仕留める。

 考えているうちに、四つ手の剣が振るわれた。避ける。避けたところに左の腕が二本とも飛んできた。転がって躱す。


 剣だけを振ってくると思っていたが、この短い時間に四つ手は剣と腕の両方を使うことができるようになったのか。それとも、使のだろうか。体力が消耗しているように見えたのは演技か?

 いずれにしても危険だ。剣がどうこう言っている場合じゃない。やられる可能性もある。

 ルークスは距離ができた瞬間に、左手でナイフを抜いた。

 今日は即席の二刀流をよく使う日だなと思いつつ、どこまでこれで耐えられるのか、やるしかないと開き直っていた。

 四つ手の剣が振るわれる。剣で弾きながら、左に避ける。右に避けてしまえば、腕で攻撃されてしまう。選択肢が減っている。それでも、このナイフが打開策になるはずだ。


 左に何度か回りながら、狙いをつける。鉈で剣を受け止めた瞬間、左手に持ったナイフを振るった。

 一瞬だけ、四つ手の前腕から力が抜けた。受け止めていた鉈で剣を巻き込むようにして、剣を弾き飛ばした。


 もう一撃。


 仕留めるために踏み込んだところで、肩と腹に衝撃があった。地面に叩きつけられるが、転がって衝撃を殺す。すぐに立ち上がり、向かい合った。

 右腕を垂れ下げながら、四つ手が唸っている。睨み合う。

 踏み込めなかった。


 隙はあった。


 それでも、身体の疲労を急激に感じて、足が前に出なかった。今のやり取りで集中力が完全に切れてしまったようだ。丸薬の効果もとっくに切れているはずだ。副作用が出てきたのかもしれない。

 どれくらい睨み合っていたのか。

 唸り続けていた四つ手が踵を返して、木々の奥へと走り去った。


 助かった。


 立っている気力も無くなり、警戒することさえ忘れてその場に座り込んだ。

 一頻り息を整えると、疲れた身体を引きずるように、四つん這いで剣のところまで行った。ことに苦笑したが、立ち上がって進む程の気力が沸かない。

 剣は傷だらけだった。鉈と打ち合ったのだ。仕方ないと思いながら、いくつもの小さな刃こぼれを見て、溜息が漏れる。それでも、なんとか取り戻したのだ。勝手に受け継いだとは言え、という意識がどこかで薄く、借り物だという意識が強いのかもしれない。安堵した。

 なんとか鞘に収めようとしたところで、感触が違うことに気付いた。収める時に引っかかるようになっている。どこかが曲がっているのかもしれない。

 修理できるのだろうか。それ以前に代金が払えるのか。またしても溜息をつきながらも、しばらくは鉈とナイフがあれば良いと思い直した。少し無茶ではあるが、この二本で四つ手を仕留めたのだ。こちらも二人いたし、一匹は逃したとは言え、それでも三匹を相手に五角以上の成果を出したのだ。頼もしい武器だと言っても良いだろう。

 剣を腰に差し、ナイフもしまった。周囲をしっかり警戒できるほどの気力が沸かないため、念の為に鉈だけは右手で持っていくことにした。

 戻ろう。そう思い立ち上がったところで、ふと気になった。


 あの背負い袋はなんだったのか。


 四つ手が飛び降りてきた木のところにあった背負い袋だ。なぜあんなところにあったのか。そもそも、何かが落ちてきた音がしたはずだが、四つ手は樹上にいた。なぜだ。

 少しずつ頭が回り始めている。

 状況を思い出しながら、背負い袋を確かめにいく。

 背負い袋の周囲には中身と思われるものが散乱している。目に付く範囲の物を集めてみる。調理具、革袋、発火石、水筒、毛布。どう見ても冒険者の物だ。誰かが襲われたのだろうか。

 そして思い出した。ガレンとベートが荷物を奪われたことを。

 もしかすると、これはあいつらの荷物かもしれない。他にもないだろうか。少しだけ木の周囲を見渡し、木陰になっている部分も確認した。

 すると、ボロ布のようになった背負い袋が他に二つ見つかった。中身は無い。周囲に散乱している道具はどうやら背負い袋の中に入っていたものなのだろう。いくつか手にとってみるが、大したものは無い。小銭が何枚かと、解体用と思われるナイフも落ちていたが、特に価値のあるものはなかった。


 ボロ布になった袋を拾い、ガレンの物と思われる袋に詰めた。穴を塞ぐように配置して、外側はポーチの中の紐で縛った。縫っているわけではないが、落ちている道具を適当に詰める程度なら間に合うだろう。

 目についたものを適当に拾い袋に詰めて背負う。中身がこぼれた時は仕方ないと開き直りながら、来た道を戻った。


 早く休みたい。眠りたい。食事もしたい。帰ったら報告を済ませて、腹いっぱいになるまで美味い肉とパンを食べたい。そして、酒を飲んで夕方くらいまで眠り続けたい。


 そんなことを考えながら、進んでいく。

 今日は森を抜けるのが精一杯で、食事も無い野営になるということは、頭から追い出していた。




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近日テスト的に本小説のタイトルの改題を検討しています。

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