第16話 追跡

 ルークスの左肩の傷は見た目ほど深くはなかった。上腕の横側から裏側にかけて筋が三本走っている。剣を振り上げている状態で腕を削られたのだろうか。最後のぶつかり合いのタイミングだったのか?それとも、もっと前に傷を受けていたのか。いずれにせよこれがもっと深い傷であれば勝てなかっただろう。勝てたとしても、左腕をなくしていたか。いや、そうなっていたら、治療が間に合わず死んでいたかもしれない。薄氷の戦いだったのだ。

 今まではあまりこの傷を意識していなかったからこそ自由に動かすことができたが、今となっては動かすことは厳しいだろう。腕を伸ばしている間はそこまで痛みは出ないのだが、腕を曲げると痛みが走る。一度、傷と痛みを認識してしまうと今までのように痛みを感じないというのは難しい。例え、左腕を補助的に使うとしても、スムーズには動かない。左腕はできる限り使わないでいくしかない。使う時は、左腕を捨てる覚悟をした時だ。


 水を使って洗い流し、揉んだ薬草を貼り付ける。その上から、切り落とした袖で縛り上げた。右腕は肘から下が、左腕は肩から袖がなくなっている。肩はともかく、今後は肘から下は手甲を装備しようと決めた。服と共に買う物として、覚えておいた。いずれにせよ、この袖では今晩は冷えそうだ。

 傷口を縛り上げ、外套を羽織った。鉈と剣の鞘の位置を変え、外套の邪魔にならないようにした。一度背負い袋から水袋を取り出して、水筒に水を入れ直した。ボロ布で鉈とナイフを拭い、血と脂をざっと拭った。ボロ布は水筒と共にベルトに巻き付けておく。


「ガレン。もし一刻ほど経っても俺が戻らなければ、川沿いを進んで森を抜けろ。荷物は持って行ってくれて構わない。発火石もあるから、多少は役に立つだろう」

「おい、あまり縁起の悪いことを言うな」

「別行動をする時には、予定通り行かなかった場合のことは先に話し合っておく。鉄則だろ」

「……」

「じゃあ、剥ぎ取りを頼んだ。終わったら適当に休んでいてくれ。一応周りは警戒しろよ」


 そう告げて、ルークスは血の跡を追い始めた。

 先程見つけた場所まで着くと、鉈を抜いて奥へと歩みを進めた。所々、低木や草で歩きにくくなっている。軽く払いつつ、地面を注視して歩いた。幸い血痕は途切れることなく、どんどん奥へと進んでいく。

 できる限り早足で進みながら、血痕以外の四つ手の痕跡を探した。途中で少し大きめの血溜まりになっているところを見つけ、その周囲を軽く探す。奥へと続いているようなので、休憩しながら進んでいるのだと判断した。あの個体がまだ子供だとしたら、腕一本切り落とされることは、どの程度行動に影響するのだろうか。


 何度か血溜まりを見つけては周囲を探すことを繰り返した。どんどん感覚が狭くなっている。弱っているのだろうか。休憩の頻度が高くなっているようだ。ただ、血の量が少なくなっている気がする。これは血が止まりかけているのか、それとも無くなりかけているのか。

 いずれにしても近くにいるはずだ。休憩を何度も挟んでいるのは間違いない。血痕を追い始めてから半刻ほどだろう。

 枝が、草が揺れる音がした。


 ルークスは手に持った鉈を構えた。今の音は、何かが枝から地面に飛び降りた音だろう。四つ手か、他の魔物か。耳をすませて、気配を探る。


 音。


 微かに聞こえた。前方。魔物の影は見えない。もう少し進むべきか。

 少しずつ前に進む。茂みになっている部分には特に注意しながら進んでいく。こちらの位置は確実に気付かれているだろう。どうしても歩く音を消すことができないのだ。自分以外の物が立てる音を確実に拾えるように、一度立ち止まった。


 静まり返る森。遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。風はない。枝が揺れることがあれば、それは確実に生物だ。耳を、目を凝らす。あたりを注意深く見つめる。


 違和感。


 低木に紛れるように少しだけ色が違うものが見える。動きはない。少しずつ進んでいく。じわりじわりと進んでいくと、それが背負い袋だと気付いた。誰かいるのだろうか。あたりを見渡す。背負い袋の方に近寄りながら声をかけた。


「誰かいるか? 背負い袋が落ちてるぞ」


 徐々に近寄ると、泥に汚れ、破れていることがわかった。誰かが落としたものだろうか?捨てたのか?それとも死んでいるのか?


「おい、誰もいないのか?」


 少し声を大きくしてみるが、誰からも返事はなかった。仕方なく背負い袋を確認することにした。近くで見るとやはり何箇所か破れていることがわかる。中の荷物だろうか。調理器具や水筒も落ちている。

 とりあえず、確認しようとしゃがみ込んだ。


 袋を手に取る瞬間、嫌な予感がした。

 咄嗟に鉈を大きく振り回す。


 金属音。


 後から遅れて聞こえた気がした。


 ルークスは目を見開いた。驚きのあまり、鉈を取り落としそうだったが、何とか堪えた。

 樹上から、四つ手が飛び降りてきていた。それも、ルークスの長剣を叩きつけるようにして振るい、鉈と拮抗しているのだ。

 石だけじゃない、四つ手は剣も使える。まさかと思う暇もない。一度後ろに引いた四つ手が、上から叩きつけるように剣をもう一度振り下ろしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る