妹が反革命のゴロツキ集団のシンパらしいんだが

黒田寛実

『うちげば!』

 ウジ虫どもがたむろしている。なんとも不恰好。我々の戦闘部隊よりも年齢層が高い。奴らが若い世代に支持されず、中年を戦闘要員に使うほかないほど追い詰められているという証だろう。そんな貧弱な部隊を使って白昼堂々と我々の拠点に侵入しようとするとは、舐められたものだ。


 鉄パイプを振るってウジ虫どもに襲いかかる。奴らの隊列が乱れる。「ヒ、人殺し!」と情けない声を上げ、逃げ惑う。

そこにすかさず、階級的怒りの鉄槌を振り下ろす。何発も何十発も、階級的怒りの鉄槌をズシンズシンと音を立てて振り下ろす。よし、これで「粉砕」したぞ。ざまあみろ。



 家に帰ると、妹がいた。

「お帰り。帰って来るんだ。」

こちらを睨みつけてくる。

「特に禁止はされてないからな。」

すぐに言い返してやる。まったく、反革命のゴロツキ集団に出入りするようになってから、反抗的になってしまって。まあ、明日からでもまた、しばらく外泊になるが。

「いつ襲撃部隊の人たちが待ち伏せしてるか分からないのに。お兄ちゃん、恨まれてるんだから。」

「ご忠告ありがとよ。」

俺がウジ虫どもの「処刑」リストに入っていることは分かっている。それだけ、確実に反革命のゴロツキ集団に鉄槌を的確に加えることができているというわけだ。赤色テロルの成果!

「お兄ちゃん、また内ゲバしたんだね。ニュースになってたよ、大学で流血騒ぎだって。」

「今忙しいところなんだよ。人違いで殺してしまった件が一般学生を刺激してな、それに便乗して反革命のゴロツキ集団どもが...。」

「反革命はお兄ちゃんたちの方じゃないの?」

「お前、分かってないな。ウジ虫、青虫、ダニどもは、テレビ映えする派手な街頭闘争ばかりやって、ちっとも労働者をオルグできていないだろ。街頭ゲバだけが革命への道だと思ったら大間違いだ。ちゃんと労働者をオルグして、労働組合を獲得していかないといけないんだよ。」

「でもお兄ちゃんたちは党物神崇拝主義に陥ってるんじゃないの?『いや、派手な闘争は...』とか、『労働組合を...』とか言って、権力との直接対決から逃げてるように見えるけど。」

「なんだと?我々のことを『権力の走狗』呼ばわりするつもりか?これだから反革命どもは...。お前も、あんまりそういう奴らに感化されちゃいけないよ。どうせ、全共闘のニヒルな軟派青年にイカれてるだけだろ?」

「あっ、酷い!それは女性差別的だよー!女性は男性の影響で思想や行動が左右されるという家父長制的言動は、自己批判した方がいいと思うよ。最近も朝鮮人差別が原因で〇〇派が自己批判してたし、お兄ちゃんたちもフェミニズムとか、外国人差別とか、被差別部落問題に取り組むべきじゃないの?」

「そういうのはルンプロがやってることだろ?我々はプロレタリアートを対象に運動しているんだよ。とにかく、革命が成功すればそれらの差別も解消していくことだろう。今から自己批判して内部で消耗するだなんて無駄だよ。そういう運動こそ権力の陰謀だと思うけどね。」

妹は沈黙した。悲しそうな、呆れたような目でこちらを見つめないでほしい。別に間違ったことは何も言ってないはずだ。戦闘部隊で理論に疎いとはいえ、つい最近マルクスを齧ったような人間に議論で負けるはずはない。


「お兄ちゃんのバカ。」

それだけ言うと、顔を背けてしまった。その後は会話はなかった。


 

さて、今日もウジ虫どもを蹴散らさなければならない。拠点校のピンチは結構切実なもので、総力を上げて闘っている。

 我々の拠点校防衛も大事だが、むしろ今こそ手薄になっている奴らの拠点校を襲撃すべきだという指令があり、その任務に当たることになった。最近は守る一方だったので、久しぶりの攻勢で武者震いする。

 突然の襲撃に怯んだウジ虫どもは、急拵えのバリケードの中から投石や火炎瓶を投げて必死に抵抗するが、腰が抜けているのか我々の精鋭部隊にはかすりもしない。易々とバリケードを突破し、奴らの自治会室に突入する。この間は我らの同志の〇〇がウジ虫どもによって惨殺された。その怒りも込め、階級的怒りの鉄槌を手近にいた女ウジ虫に振り下ろ...


「お兄ちゃん!?」


なんだと?



 その後の記憶がない。


いや、あった。


 血の海に誰かが沈んでいる。よく知った顔だ。たぶん、生まれたときから知っている顔。



「ピーリカピリララポポリカペーペルト〜!」

「お前、ほんとその呪文好きだよな。」

「あー、馬鹿にしてるー!」

「そんなことないよ、魔法っていいよな。」

「もう、本気で思ってるの?」

「思ってるよ、おんぷちゃんかわいいって。」

「分かってないねー。男の人はそういうことしか言わないから嫌だな〜。」

「認識の相違だ。」

「お兄ちゃんも、オタクなんだねえ。」

いい歳した2人が、女児向けアニメで盛り上がってるだなんて、なんてことだろう。まあ、楽しいから、別にいいか。


 ニュースで何か特集が組まれている。暗いトーンだ。半世紀前の悲惨な事件。自分たちくらいの若者が起こした、今では想像できないような事件。

「今年もソレの特番やってるんだね。」

「どうしてソレをやったのか、何度見ても全然分からないよね。」

「連合赤軍、総括、...。物騒なこった。」



忘れるな。






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