第12話 桜守の刀
「ようやく逢えたね。……千年振り、かな」
「千年?」
紗矢音が首を傾げると、桜音は軽く目を見張った。そして緩く首を左右に振ると、紗矢音の髪から指を抜いた。少し寂しそうに見えた瞳は、紗矢音が気付くと色を変える。
「いや、何でもない。──っ、ゴホッ」
「桜音どの!?」
突然咳き込む桜音の肩を支え、紗矢音は彼の背中をさする。それでも止まらない咳に焦り、紗矢音は守親を見上げた。
「兄上っ、どうしよう!?」
「どうしようって……とりあえず、座れる所に!」
廃寺の境内を見回した守親は、他よりも一段高い鐘の鳴らし台の階段を指差す。
守親と明信が桜音を両側から支える、紗矢音は不安げに彼らを見守り後から駆けた。そっと座るよう促されると、桜音はかすれ声で「ありがとう」と呟く。
「申し訳、ない……ゴホッ」
「無理しないで下さい。ほら、ゆっくり座って」
「うん……」
桜音が腰掛けると、紗矢音が彼の隣に座った。そして守親と明信は、二人の前に立つ。
しばらくしてようやく発作のような咳が収まると、桜音は「ふぅ」と息を吐いた。
「助かったよ、三人共ありがとう」
「いえ、お気になさらず。……でも、千年桜の化身だだというあなたが何故ここに?」
困惑顔の守親が首を傾げると、桜音は「そうだね」と苦笑した。薄紅色の目が細くなる。
「僕は長い間眠っていたんだけど、ここ最近になって桜への攻撃を受けるようになったんだ。それに気付いた時には、もうこうなっていた」
こうなっていたと言いながら、桜音は首もとに触れた。そこは紫色に染まり、わずかに脈打っている。毒々しいそれに、紗矢音は顔をひきつらせた。
桜音は紗矢音の仕草を見て、すまなそうに目を伏せる。そして指の先で首に触れると、苦々しげにため息をついた。
「このお蔭で、僕は時折声を失う。徐々に体を侵食し、桜も中は傷付けられて枯れかけている。今咲き誇る花は、桜の悲鳴だ。声もなく、ただ最期の力を振り絞って咲いている……」
「――あなたを、桜を救う手立てはないのですか?」
「!」
桜音がハッとして顔を上げると、紗矢音が真剣な面持ちで彼を見詰めていた。気付けば紗矢音だけでなく、守親も明信も真っ直ぐに桜音を見詰めている。彼らの目に迷いはない。
口ごもる桜音に近付き、紗矢音は懸命に言葉を紡ぐ。確信をもって、願いを込めて、祈るような気持ちで続ける。
「……あなたは、わたしたちに助けを求めるためにここに現れて下さったんでしょう? ならば、話して頂けませんか。あなたを救うために」
「……ここに、一振りの刀がある」
桜音が両手のひらを広げると、そこに刀が現れた。ふわりと浮き上がり、淡い桜色に包まれた刀は、切っ先に桜の花びらの形の穴が飾りとして空いている。更に
「この『桜守の刀』を、あなたに使って欲しい。そして、千年桜に
「これ、を?」
「そう」
桜音に頷かれ、紗矢音は困惑した。刀を使うのは最近習い始めたばかりであるし、何よりも千年桜の化身が目の前にいることすらもにわかには信じられないはずだった。しかし何故か、紗矢音自身も桜音が桜の化身であることに疑いはない。
紗矢音は自分の直感を信じ、それでもこの刀を受け取るべきか否かを迷った。ちらりと前に立つ守親と明信を見上げる。
「兄上、明信どの……」
「桜を救いたいと言ったのは、お前の願いでもあるだろう。お前の心が選ぶ方を選べば良い」
「俺も守親と同じだよ。大姫、きみの心は何を欲する?」
「心のままに……」
紗矢音は恐る恐る手を伸ばし、引っ込める。それを数回繰り返した後、意を決した紗矢音の手がすっと伸びる。
細い指が刀の柄に触れ、紗矢音は確かに刀を握り締めた。その途端、刀のまとっていた薄紅色の光が彼女の腕へと伸び、いつしか全身を覆い尽くした。
「これはっ!?」
驚き戸惑う紗矢音に対し、桜音は「大丈夫」と笑ってみせた。
「きみの中に、桜の霊力を分け与えたんだ。かなりの量を吸い出されてしまったとはいえ、千年の月日を経た桜は稀な存在だから」
「桜の、力を」
陽だまりのようにあたたかく、包み込むような柔らかさを感じ、紗矢音は刀の刃の平らな部分をそっと指で撫でた。
「……それで、何故俺の妹を?」
社交辞令的に使う「私」という一人称を最早使用せず、守親は桜音に尋ねた。少し気を許してきたのだろう。
「それは……」
「桜守の家系にある姫であり、この刀の元持ち主と同じ姫であるから、ではないですか?」
「よく知っているね」
返答をかっさらわれたにもかかわらず、桜音は苦笑して明信を褒めた。明信も悪びれることなく、何故知っているのかをすぐ教えてくれる。
「我が家に伝わる巻物の中に、千年桜と桜守の家に関するものがあってね。約千年前、桜の化身と心を交わした姫の物語が記されているんだ」
明信の言葉を聞き、守親は腕組みをして何かを思い出すために目を閉じた。
「その話、俺の家にも伝わっているぞ。……ああ、そういえばあったな。刀を扱う稀なる姫、か」
「その通り。彼女は類い稀なる霊力を持ち、都に現れる黄泉の化生を何度も浄化していたとされているんだ」
「その姫と同じ刀……何故、あなたが?」
紗矢音の問いに、桜音は「それは」と口元を緩く弓なりにした。
「この刀の持ち主であった姫と僕が、互いを
「愛しく……。そんな大切なもの、お借りして良いのですか?」
「きみだから、頼みたい」
「──……っ」
真摯な瞳の力に、紗矢音は気圧された。そして、そんなにも想われた姫君への複雑な思いが生まれるのを自覚する。
(どうして、わたし……こんなに悲しいの?)
心が震え、揺れた。姫君の残した想いに触れることに躊躇を感じながらも、惹き込まれる自分自身を自覚する。
気付けば、紗矢音は頷いていた。
「わかりました。あなたの姫君が持っていた刀、お借りします」
「……ありがとう、紗矢音」
安堵の笑みを浮かべた桜音を見た時、紗矢音は記憶の箱がわずかに開いた気がした。
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