第11話 来年には、彼女として誕生日プレゼントを渡せるように。
学校から少し離れたところが集合場所だった。御影と買い物に行ったときのパステルカラーのシャツワンピースに、小さなリュックサックを背負って柚季を待つ。
キョロキョロしていると、しばらくして柚季は軽く走ってきた。こちらは、グレーのチェックのセットアップを着ている。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。今来たとこやから」
小梅はリュックの紐を握り直した。今日のことは楽しみで、昨日も全然寝られなかった。御影のお弁当のために早起きしようとは思っていたが、予定より1時間も早く起きてしまったほどだ。
突然の予定だったから、どこに行くのかも決めておらず、とりあえずブラブラすることになっている。
「どこ行くん?」
「まず……美味しいクレープ屋があるんだけど、そこか、あとは可愛いお店とかこの辺いっぱいあるから、見て回ろう」
「……うん!」
嬉しくて、思わずふふっと笑ってしまう。なにせ、故郷では自分以外の女子が1人しかいなかったのだ。
柚季が自分からものすごい勢いで距離を縮めてくれる人で助かった。入学式の直後、話したときから気が合う予感はしていたけど。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。わぁぁ、すごい! オシャレ」
「でしょ。しかも美味しいのよ」
柚季の言葉通り、2人はクレープ屋に来ていた。今は10時。少し小腹が空く時間だ。
小梅の手にあるのは、店員から渡されたいちごのクレープ。たっぷりの生クリームに、チョコレート、トッピングでいちごが乗っている。
柚季はチョコバナナクレープを選んだ。
2人は店のカウンター席に座った。
「そういえばうめはさ、大好きなんだね、羽澄くんのことが」
「えっ!? なんで」
「昨日一緒にご飯食べてたでしょ? そのときの視線が、こう、ね……?」
「バ、バレてましたか……」
「あはは、バレてるバレてる。男子たちは気づいてないだろうけどね」
クレープをかじったまま少し小さくなる。
男子たちは気づいていない、というので安心した。
だって御影は、たぶん小梅のことを好きにはならないだろう。幼馴染だし、ただの女友達という括りだと思う。失恋したばかりだというのも昨日知ったし。
だからこの、自分でも自覚できるているようないないような、ほのかな恋心にはまだ気づいてほしくなかった。
「ちなみに昔はどういう感じだったの?」
「昔、は……ほんとうにただのお友達で、ずーっと一緒に遊んでて……ただ親が、仲が良くて……ウチは実は、好きやったんやけど……」
「ふむふむ」
「それで、その親の繋がりで今回来ることになってんけど、なんかこう、昔と違うし、男の子っぽくなってるっていうか……好きな気持ちはもう、終わったはずなのに……」
「なるほどなるほど。しかも同棲、と。もう1回好きになっちゃったんだ」
「ど、同棲っていうか、同居っていうか……」
ぼんやりとレイから連絡が来たときのことを思い出す。
『2人は一緒にいた方が絶対いいから』と、半ば強引に同居を勧められた。
あの田舎町で、小梅が寂しかったのも事実だ。あまり馴染めなくて、御影以来、友達さえいなかった。
御影も御影で10年の間に色々あったんだろう。
先日見てしまった、傷跡。
小梅は彼の"トラウマ"を知っているけれど、それだけじゃないんだろうなという感じはした。
「うんうん。でもほんとにさ、何もないの? こんな可愛い女の子だったら、ほっとけないんじゃない? もちろん、付き合う前にソウイウコトになるのは、拗れるからない方がいいとは思うけど」
「……何もない」
事故はあったけど。でもあれはただの事故で、小梅的にそこまで動揺してる風でもなかった気がする。
「なぁるほどねぇ」
柚季は小梅を見つめて、ニヤニヤ笑った。
「うめ」
「なに?」
「私、めちゃめちゃ応援してるのよ。2人の恋」
「は、はぁ……」
柚季は小梅の左手をガシッと握った。その迫力に気圧される。
「だからね。考えたの。彼の誕生日はいつ?」
「4、4月16日……」
「来週じゃない!?」
「う、うん」
柚季が目を丸くする。頷くと、はぁ、とため息をついた。
一応小梅も考えていたのだ。誕生日プレゼントどうしよう、とか。
「でもそれなら来年ね。予定は延びたけど、2人はゆっくりの方が良い気もする」
「うん……?」
「ね、聞いて。名付けて、『誕生日プレゼントは彼女』大作戦……っ!」
「そ、そんな……!」
小梅はワンピースをキュッと握った。顔が熱くなるのを感じる。
そんな、そんな誕生日プレゼントは彼女=私、なんて……想像しただけでも恥ずかしい。やっぱ恥ずかしすぎて想像するのも……
「いい? 彼の誕生日は4月16日なんでしょ? 来年のその日までにうめのことを大好きにさせるの。告白したら絶対にOKをもらえるように。来年の誕生日プレゼントは彼女として渡せるようにって」
「は、はぃぃ……」
思ってたのと違った。小梅は今度は顔を手で覆った。
「ん? どうしたの?」
「……なんでも、ないです……」
「そ、そう。ごめんなさい。『誕生日プレゼントは私』みたいなのはちょっと言ってみたかっただけなの。でも、とにかくまずはあざとくいくのよ」
「あざとく……」
「えぇ。さり気ないボディタッチに、メイクに、あとは簡単には手に入らない感じを見せる! 目指すは小悪魔系女子!」
「ほ、ほぉ……」
「一つ一つレクチャーしていくから。耳貸して」
「あ、うん」
小梅は柚季に耳を寄せた。柚季はなぜかヒソヒソ声で喋っている。全部頭に入れて、帰ったらさっそく試してみるかと心に決めた。
「そういえば、どうするのプレゼント?」
店を出て一緒に歩く。
柚季の言った通り、周りにはオシャレな店がたくさんあった。
御影と行ったショッピングモールも確かにオシャレだったけど、こっちの方が、専門店みたいなところがたくさんあって、"通"な感じはする。
「まだ何も決まってへんくて……」
「うーん。私のリサーチによると……」
「よると?」
「ネットで調べただけだけどね。彼氏には財布とか、パスケースとかがいいんらしいんだけど……気合い入りすぎるのもアレだよねぇ」
「確かに」
ただの幼馴染なのに、と引かれるのは怖い。
「となれば消費できるものかな。名前入りできるボールペンとか?」
「うーん。あっ……」
「どうしたの?」
急に小梅が動きを止めたので、柚季は不思議そうに首を傾げた。
「ここのお店可愛いなって」
「良いよね。ここ。生活雑貨だけど、私もよく来る」
「ゆずちゃんよく来るんや。入ってみてもいい……?」
「入ろう入ろう!」
小梅が入った店は、少しハーバリウムやドライフラワーのイヤリングが置いてある、自然っぽいものが置いてある、それでいて洗練されたものだった。
ついでに、誕生日プレゼントについて思い浮かんだのもこの店の前だった。なんとなく運命を感じたのだ。
お目当てのものを探すと、案外すぐ傍にあった。
「ねぇ、ゆずちゃん」
「ん?」
「お弁当箱ってどうかな。毎日使うものやし、ウチがお弁当作ってるし……」
「妻じゃん!?」
「つまっ……!? や、やっぱり重い……」
「いやいやそんなことないよ。嬉しいと思うよ?」
「嬉しい、かなぁ……でも実際に御影くんが使うものじゃないし……」
「それならシャーペンとかつけたらいいんじゃない?」
「そっか。それもそうやんな」
お弁当箱を手に持って、少し幸せな気持ちになる。おかずを詰めるのを想像するだけでこんなにも楽しい。
木製だし、多少値は張るけど、今月の小梅のお小遣いだったら軽く余裕を持って買えるくらいだ。値引きの札が掛かっているのも、関西人としておいしいポイント。
それに容量は800mlはあるみたいなので、男子高校生の胃袋もきっちり満たしてくれるだろう。
何よりプラスチックのお弁当箱と、木製のお弁当箱では、味がまるきり変わってくる。小梅は木製のを愛用しているので、身に染みて感じていた。
「じゃ、じゃあこれにしようかな」
「よしっ、頑張れうめ!」
店員さんに丁寧にラッピングしてもらって、気をつけてリュックに入れる。
なんだか急にもっと大事なものに思えてきて、リュックを慎重に背負い直した。
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