うどんは、うどんでも、皿うどん

白川ちさと

本編


 とある地方のとあるオープン間近の食堂。そこで、男たちは途方に暮れていた。


「それで、どういうことなんだ。弟よ」


 兄は青筋を浮かべて怒っている。目の前には店舗の天井近くにまで積み上げられた段ボール箱。


「ごめん、兄ちゃん。安いうどんの麺が売っていると思って、つい……」


 弟は床を見つめて恐縮しきりだ。


「確かに俺はうどんの麺を注文しておけって言ったさ。だけど、なんなんだよ、この量!!」


「なんか、メールで注文するときケタ間違えたみたいで……」


 弟はせいぜいうどん百玉でいいところを、千玉も注文していた。それも――。


「うどんじゃなくて皿うどんだしっ!!」


 兄の手にあるのは、白い麺ではなく茶色く細い麺。揚げてあるパリパリの皿うどんの麺だ。


「ごめんよ、兄ちゃーん」


 弟は段ボール箱に抱き着いて、ひたすら謝るしかない。ちなみに返品も出来なかった。


 そんな弟にふぅと息を吐く兄。


「まあ、やってしまったのは仕方ない。とにかく、この大量の皿うどんの麺をさっさと使いきってしまう方法を考えるんだ」


「皿うどんだから、あんをかけて食べるんじゃないの? 俺たちの食堂は大衆食堂だからメニューにあっても不思議じゃないよね」


「確かにな。でも、千食も皿うどんだけで、はけるとは思わない。場所をとってしょうがないし、新メニューを考えるぞ」


 兄はテーブルの上に置かれてたエプロンを掴んで、厨房に向かう。弟も、麺を両手に掴んで後に続いた。


 厨房はまだ真新しく銀色に輝いている。


「兄ちゃん、兄ちゃん。皿うどんの麺はサラダに入れると美味しいって、ネットに書いてあるよ」


 名誉挽回とばかりに弟がスマホを触りながら、提案する。


「うん。じゃあ、まずはサラダを作ってみよう」


 兄は冷蔵庫からレタスを取り出し、弟に渡す。弟はすぐに数枚向いて、水で洗う。その間に兄はストックしていたゆで卵を取り出し、四等分に切る。トマトとブロッコリー、キャベツの千切り。そして、最後にパラパラと皿うどんの麵をまぶした。


「よし! 完成だ! 名付けて、パリパリ食感のグリーンサラダだ!」


「そのままだけど、美味しそうだね」


 皿に盛りつけられたサラダは色どりも良い。二人で箸を持って手を付ける。


「うん! 美味い!」


「そうだね。パリパリが香ばしくて、サラダに合うよ」


 二人は満足げに完食する。


「だけど……」


 兄の表情はすぐに暗くなった。


「サラダじゃ、大量には消費出来ないな」


「確かにもっとたくさん麺を使うメニューじゃないと、いつまで経ってもなくならないよ」


 二人はうーんと腕を組んで悩む。弟がなんとかしようと、案を出した。


「ハンバーグに混ぜるとか」


「いや、それも大量には混ぜられない」


「砕いてアジフライの衣にするのはどう?」


「揚げてあるのにさらに揚げるのか? 焦げてしまうんじゃないか?」


「思い切って普通のうどんのトッピングにする!」


「デカいし、味気ないぞ」


 他にもたくさんの使い方を考える。いくつか実際に作ってみた。兄が出来た料理を弟の前に置く。


「餃子のあんに混ぜ込んだ、パリパリ食感の焼き餃子だ!」


「新食感だー。でも、これも大量消費は出来ないよね」


「麺をバンズに見立てた、照り焼きパリパリバーガーはどうだ?!」


「美味しいけれど、食べにくいよ」


 兄と弟は何度も試作を重ねるが、店で商品として売り出せるものは見つからない。


 椅子に座り込み兄はエプロンを外す。


「……これだけやって新メニューは出来ないんだ。大人しく皿うどんとサラダの値段を安くして提供しよう。オープン記念でちょうどいいさ。まあ、大衆食堂の売りのメニューが中華料理になるとは思わなかったけれどな」


「え? 皿うどんって中華料理じゃないはずだよ」


「え?」


 兄はスマホを触っている弟を見上げる。


「ほら。中華料理が元になっているけれど、皿うどんは長崎の郷土料理なんだ」


「そうだったのか。でも、今は関係……いや」


 兄は何かに気づいた。座っていた腰を上げる。様子が変わった兄に弟は首を捻った。


「どうしたの、兄ちゃん」


「そうか、そうだったんだ! なにも無理やり新メニューを考える必要なんてなかったんだ!」


 冷蔵庫に飛びつく兄。


「ど、どうしたの、兄ちゃん」


「いいから、ほら材料を用意しろ」


「材料って何を?」


「皿うどんの材料だ」


 兄はにやりと笑って弟を振り返った。





 数日後。件の兄弟食堂には行列が出来ていた。


「お待たせしました! 三種の多国籍皿うどんです!」


 弟がホールで料理を運ぶ。お盆の上には、大きな皿に皿うどんの麺。その麺には三種類のあんが掛けてあった。


「こちらがピリ辛中華風。こちらがかつお出汁の和風。こちらがトマト味の洋風のあんになっています。では、ごゆっくりどうぞ!」


 兄はついに新メニューを完成させたのだ。アレンジすべきなのは麺ではなく、あん。大きな皿に入れて、皿うどんの麵も1.5倍にしている。大量の麺は自然とはけていくだろう。新メニューが評判になって、お客は予想以上に来てくれていた。


 他にもメニューはあるが、注文が入るのは皿うどんばかりだ。


「トマト味って新鮮だね」


「和風、出汁が効いていて美味しい」


「ピリ辛もパリパリ麺に合う」


 そんな感想をお客たちが笑顔で言い合っていた。


 弟は厨房の兄に向けて、親指を立てる。兄もそれに答えて、親指を立てた。


 


 了

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うどんは、うどんでも、皿うどん 白川ちさと @thisa-s

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