ああ、ずるいなぁ……

「ねぇ、アレって……」

「ああ……」


 視線先から聞き覚えのある声。姿を確認すればそれは確信に変わる。


「ちょっとだけでいいんだ!」

「1分……いや30秒だけ!」

「だから嫌だと何度も……」

「お願いしますぅ〜〜。これは運命なんだよ〜」


 めげずに誘う男たち。

 顔を顰め、迷惑そうな——伎織。

 一向に終わりが見えない。


 俺が動く理由はそれだけで良かった。


「お前ら! 俺の妹に何してるんだ!!」


どうやって助けようだとか、大声を上げたことで人目が向いているなど、気にする暇もなく、身体が自然と動く。


「兄さん……」

「お兄さんですと!?」

「アンタらな、俺の妹に3人で言い寄って……迷惑しているって分からないのか!」


 俺が一喝すると、男たちは観念したかのように伎織から距離を取り、3人で集まる。


「その、申し訳ないと思っているでござる……」

「妹さんがプリティーアイナちゃんに似ていたからついテンションが上がってしまって……」

「も、もう妹さんに写真を撮らせてなどお願いしませんっ。すいませんでした!」

「プリティーアイナ? 写真?」


 話を聞くと、なんでも推しのアニメのキャラと伎織がとても似ているらしく、思わず写真を撮らせてとしつこく迫っていたらしい。

 まぁ有名人とかが現れたらテンション上がって周りが見えないみたいなのと同じだろう。しかし、いくらテンションが上がったとはいえ、相手の迷惑になることはしちゃいけない。


 少し注意したのち、伎織に謝罪。男たちは大人しく去ってくれた。根はいい人そうだ。


「に、兄さんは何をしているのですか!」


 ふと、伎織に怒られた。


「何って、絡まれてる伎織を助けに入ってんだけど? てか、伎織の方こそなんでここにいるんだ? 今日は家にいるって」

「わ、私は……。と、とにかく今は依子さんもとい、彼女とデート中なんですよ! 彼女を放っておいたらダメじゃないですかっ」


 ぐっと依子の方へ押してきた。

 

「彼女さんといるんですから、他の女に構っちゃダメです」

「ばっか、お前……妹は大事に決まってんだろっ! だから助けに行くのは当たり前だっ」

「っ、それでも……」

「アタシも透矢の判断は正しいと思うよ」

「い、依子さんまで……」

 

 先ほどから黙っていた依子が口を開く。

 伎織に近づき、ポンっと頭に手を置いた。


「さっきは透矢が真っ先に助けに行ったけど、アタシが1人だった時でも伎織ちゃんを真っ先に助けに行ってたと思うよ。ありがとね、アタシたちのデートを気遣ってくれて。でも、2人っきりの時だけが楽しいってことじゃないよ? アタシは透矢といる時も、そして伎織といる時も両方楽しくて……好きだよ」

「依子さん……」

「そうだぞ、伎織。俺たちに遠慮する必要などない。恋人だからって構っちゃいけないって思わなくてもいいんだぞ」

「そんな事を言う透矢くんはもう少しアタシの気持ちに敏感になって欲しいけどなぁ……」

「うっ、すいません……」

「仕方ない。特別に許そう。そうだ。伎織ちゃんも一緒にお昼食べない?」

「え、いいんですか?」

「もちろん。ね、透矢?」

「お、おう」

「ありがとうございます。その前に……ちょっとお花摘みに行っていいですか?」

「うん。いってらっしゃい」

「いってら〜」




(伎織side)


「……ずるいなぁ」


 化粧室にて。伎織は自分の顔が映る鏡を見て呟く。


 初恋を忘れたいから。

 兄さんと依子さんの幸せの邪魔をしたくないから。


 2人の世界に入らないよう、サポートするつもりだったのに……。


『ばっか、お前……妹は大事に決まってんだろっ! だから助けに行くのは当たり前だっ』

『アタシは透矢といる時も、そして伎織といる時も両方楽しくて……好きだよ』


 ああ、ずるいなぁ……。兄さんと依子さん。もっと応援したり……好きになっちゃうじゃないですか。




◆◇


「奢ってもらって大丈夫でしたか?」

「うん、いいよいいよ。ここは男気溢れる透矢の奢りだがら」

「男気ってなんだよ……。まぁいいけどさ。バイト代あるし」

「へぇ、バイト代があるならアタシが欲しいもの奢ってもらおっかなぁ〜」

「え、金が一気に吹っ飛ぶ予感」

「そんな事ないよ。せいぜい諭吉3枚飛ぶくらいだよ〜」

「諭吉3枚飛ぶのは痛くない!?」

「ふふっ、相変わらず仲が良さそうで微笑ましいです。私はこれで帰りますね。あ、お2人にこれを……」

 

 伎織が俺たちに渡してきたのは……映画のチケットだった。





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