第3話 二つの短冊

「あっ! 清ちゃん見て! りんご飴がある!」

 綾子が清彦の手を引っ張って言うと、清彦はようやくこちらを向いた。まだ顔が赤い。清彦は照れを隠すかのように、わざと大げさに眉をしかめた。

「りんご飴~? あんな体に悪そうな色したの、よく食う気になるよなぁ」

「毎日食べるわけじゃないでしょ。お祭りなんだからいいじゃない」

 綾子は頬を膨らませた。

「分かったよ。じゃあ、買いに行こうか」

「あっ! 向こうにはあんず飴もある! たこ焼きも! どうしよう、全部食べたい」

「そんなに食ったら腹壊すぞ」

 清彦は、もう自然に笑えるようになっていた。繋いだ手はまだ緊張で汗ばむけれど、きっともう少し時間が経てば、当たり前になるだろう。祭りの夜は長い。


 二人は屋台を巡りながら、定禅寺通りへ出た。一際人だかりのできている金魚すくいの出店を見つけた。

 最初に綾子が挑戦した。しかし、のんびり屋の綾子がのろのろとポイを水面に近付ける時には、金魚たちは察しよく逃げてしまい、結局一匹もとることができなかった。落ち込んでいる綾子を哀れんだ店のおじさんが、好意で一匹くれた。

 続いて挑戦した清彦は張り切って「十匹は取ってみせる」と豪語したくせに、一匹しかすくわないうちに紙が破れてしまった。地団駄を踏んで悔しがる清彦がいつになく子供っぽくて、綾子は声をあげて笑った。それぞれ一匹の金魚が入ったビニール袋を提げて、二人はまた歩き出した。


 定禅寺通りを半分ほど行ったところに、一般客用の大きな笹が飾られているのを見つけた。観光客や、自宅に笹が無い人々が、ここで短冊に願い事を書いて吊るすのだ。

「ねぇ、清ちゃん、家で短冊書いた?」

「いや、書いてないけど」

「じゃあ、今書こうよ」

「嫌だよ、そんな願い事を書くだなんて、子供っぽいこと」

「いいじゃない。今日は一年に一度の特別な日なのよ。書こう、書こう」

 綾子は言うが早いか、すぐに用意された机へと清彦の手を引っ張って行った。清彦は仕方ないな、とため息をついて、係のおばさんからペンと短冊を受け取った。

 二人はそれぞれ願い事を書いた。清彦の方が早く書き終わった。綾子を見ると、並々ならぬ丁寧さで、一字一字念を込めるかのようにゆっくりと書いていた。

「どれどれ、『いつか個展を開けるくらい織物がうまくなりますように』……ふぅん、綾子らしいな」

「やだ! 勝手に読まないでよ~!」

 綾子は慌てて両手で隠すが、もう遅い。清彦はニヤニヤと意地悪そうな微笑みを浮かべている。

「で、書けた?」

「うん、まぁ、書けたけど……」

「俺も。……あ~、もうあんまり吊るすところ無いなぁ」

 清彦は笹を見上げて頭を掻いた。

「最後の夜だからねぇ」

「あ、あのへん空いてる。綾子、貸して」

 清彦は、上の方で枝分かれしている辺りを指差して言った。かなり高くて、綾子が背伸びしても届きそうにない場所だった。綾子は言われるまま、自分の短冊を手渡した。清彦は手を伸ばして笹を手元に近付けると、二つの短冊をそれぞれ糸で枝に結びつけた。

「これでよし、と」

 清彦は満足そうな表情で短冊を見上げた。

「清ちゃん、短冊に何て書いたの?」

「無事に進級できますように」

「え~、夢が無~い」

 二人がまだ歩き出さないうちに、早くも花火が広瀬川の向こうで高く打ち上がった。祭りの最後を飾る花火だ。いつの間にかすっかり暗くなっていた。破裂するようにまばゆい閃光が弾けた。


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