第6話 八月の七夕祭り

 帰りの車の中であさみは清彦に尋ねる。

 例の笹は後部座席に横にして置いてある。あさみの膝には、飲むヨーグルトの入った袋がある。ボトルの冷たさが袋を通して伝わってくる。

「ねえ、おじいちゃん」

「ん? なんだい」

 車の中はクーラーがいていて、とても快適だ。助手席の窓から見える会社帰りのサラリーマンや高校生たちは汗をふいたり、手団扇てうちわで顔を仰ぎながら歩いている。蒸し暑くて汗ぐっしょりなんだろうな、とあさみは思った。でも、車の中は涼しい。水族館の魚はこういう気分なんだろう。


「おじいちゃんの若い頃も、八月の七夕祭りはあったの?」

「ああ、あったよ」

 仙台の七夕祭りは毎年、八月上旬に開催される。七月七日の七夕と区別するため、この街の人々は「七夕祭り」とか「八月の七夕祭り」と呼んでいる。


「ふうん、やっぱり昔からあったんだ。どんなのだったの?」

「そうだなあ、吹流ふきながしやくす玉なんかの飾りは今ほど豪華ではなかったけど、それでも綺麗だったよ。屋台もたくさんあってね……」

「どんな屋台?」

「リヤカーの屋台で、串に三つ刺した、たこ焼きを売っていたなあ。ひとつ十円でね」

「十円! すごく安いね」

「はは、そりゃ昔と今じゃ、物価が違うからね」

 当時の十円は今だと百円くらいかなあ、と清彦は付け加えた。

「それからどんなのがあった?」

「ヒヨコやウズラのヒナが十円で売っていたよ。金魚すくいは確か、一回五円でできたな。りんご飴は十円だったよ」

「すごいすごい。いいな、いいなぁ」

 あさみは目を輝かせていた。

 そんなに安かったら、自分のお小遣いで、たこ焼きもりんご飴もどっさり買うことができる。

「いいな、おじいちゃんの時代に行ってみたいな。そうしたら、金魚すくいだっていっぱい、できるのに。いいな、行きたいな」

「そうだな、おじいちゃんも戻ってみたいな。もう一度、あの時代に」

 清彦はハンドルを握りしめ、前を向いたままつぶやいた。

「別に、昔がいいってわけじゃないんだけど、あの時の七夕祭りは最高にきれいだった」

 清彦は四十年以上も前の七夕祭りのあの夜について、話し始めた。

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