第4話 雨音の調べ

 清彦の通う大学名が入った便箋びんせんに二枚。

 清彦らしくない、かしこまった文体で書かれてあった。

「僕」というのは変だ。清彦は綾子の前ではいつも「俺」だった。

 それに、「綾子さん」だなんて、面と向かってそう呼ばれたことはなかった。

 なんだか、気障きざでよそいきの手紙だなあと思う。


 しかし、その文面から希望に燃えた大学生のはつらつとしたものを感じた。

 女々しい自分は便箋に確か、五、六枚も書いたが、清彦の手紙は簡潔だった。

 最後の方は、駆け足で書かれていたが、その短い文の中にたくさんのことが読めた。

 まず、清彦も自分に会いたいと思ってくれたこと。

 故郷を出た三月以来、会っていない幼馴染の顔を綾子は思い浮かべた。

 大学生になった清彦はどんな風になっているのだろうか。

 思い切ったことを書いてしまったと後悔していたが、会いたいという返事がとてもうれしかった。

 そして、綾子に牧場のことで何か話したいことがあるということ。

 牧場に何か、あったのだろうか。よくないことだろうか。

 それから、清彦の言う、「活路」。

 これは見当がつかなかった。


 とにかく、七夕祭りで会いたいと清彦も言ってくれたことが今の綾子には何より幸せなことだった。

 だが、今の綾子には盆や正月でもない八月の上旬に開催される仙台の七夕祭りに行くなど、到底無理なことだった。

 だいたい、入ったばかりの一年目の職人見習いが盆休みをもらえるかどうかも分からないのだ。

 それにこの前、熱を出して休みを一日もらったばかりだ。


 昼過ぎから降り始めた雨は夜になってもまだ降り続いている。

 雨音は綾子の絶望的な気分をさらにかき立てた。

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