第4話 綾子の決意

「綾ちゃん」

 揺さぶる手の感触で目が覚めた。綾子はゆっくりと目蓋を開いた。

 香奈だった。


「そろそろお夕食の時間やけど、具合ようなった? 下に来て皆と一緒に食べられへん? それともここに持ってこようか?」

 綾子は身を起こした。もう眩暈めまいはしない。

 額に手を当てた。汗ばんでいたが、もう午前中のように熱くはなかった。

「いえ、もう大丈夫です。着替えて皆さんと一緒に食べます」

「そら、よかった。朝はえらい辛そうやったけど、顔色もだいぶ良うなったみたいやわ」

 香奈はそう言って微笑んだ。

 綾子は香奈の笑った顔が好きだ。上品な口元が柔らかく上がると、こちらまで笑顔になってしまいそうになる。

 綾子は香奈の持ってきた手ぬぐいを広げて顔に当てた。冷たくて気持ちいい。


「あれ、手紙。もう書いたんや」

 香奈は机の上の封筒に気付いた。

 綾子は手ぬぐいを顔から離した。

「あっ、香奈さん、それ、まだちょっと」

 綾子は慌てて布団から出ようとしたが、香奈は既に封筒を手に取っていた。

「どれどれ……ん? 宮瀬、清彦、様?」

 香奈は不思議そうな顔をしたが、やがて全てを飲み込んだような表情になった。

「ふぅん。なるほどね。道理で元気になったわけやね」

 香奈はわざと意地悪そうな笑顔を作って、綾子の顔を覗き込んだ。

 綾子は恥ずかしさのあまりうつむいた。


「遠くて近きは男女の仲とはよう言ったもんやなぁ」

「やだ、違います、そんなんじゃないですってば」

「照れない照れない。うちは全てお見通しや」

「だから違いますって」

 綾子の顔はもう真っ赤だった。

 けれど綾子が言い返せば言い返すほど、香奈は面白がっているようだった。


「これ、出してきてあげよか? あっ、でも、こういうのはやっぱり自分で出しに行きたいやろね」

 香奈は少し考え込んだ。

「そや。明日のお昼にでも、うちが用事を言いつけてあげよ。ちょうど回さなあかん回覧板があったはずや。それを持ってってもらうついでに、その手紙も出して来るとええわ」

「香奈さん……ありがとうございます」

 綾子は頭を下げた。香奈の心優しい計らいに、思わず涙がこぼれそうになった。

「ええって。これくらい、かまへん」

 香奈は笑って手を振った。

 綾子は目が潤んだが、必死でこらえた。


 泣いてはいけない。ここで泣いたら、香奈を心配させてしまう。

 全く、体が弱っている時は涙もろくなってしまっていけない。


 強くなるんだ。

 さっき、手紙に書いたこと、あの決意、気持ちは嘘じゃない。

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