第4話 祖母の昔話
家の中は、あさみの家のにおいとは違った独特なにおいがした。
ひんやりした廊下が足の裏に心地いい。
通された居間には、織物のタペストリーと一緒に、前にあさみが綾子に送った千代紙で作った壁掛けが飾ってある。
「今日は、織物教室がない日だから、ちょうどよかったわ。それで、あさちゃんは何か用事があって、おばあちゃんの家に来たんじゃないのかい」
きた、とあさみは思った。出された麦茶のコップを見つめながら答える。
「うん、えっとね、来週学校で七夕をやるの」
「そうかい、短冊に願い事を書いてつるすのかい」
「うん、クラス全員でやるみたい。でも、あさみは嫌なの」
「ふうん、それはまたどうしてなんだい」
「願い事を短冊に書いてクラスの笹につるすと、みんなが見ちゃうじゃない。あさみ、自分の願い事を誰にも見られたくないもん。だって、願い事って内緒にしておくものでしょ」
綾子はうんうんと頷いた。そして、麦茶を一口飲んで、考え込んでいるようだった。
「そうすると、あさちゃんは願い事をこっそりしたいんだね」
「うん、そうなの。だから、おばあちゃんちにある笹を少しだけもらえないかなって思って」
「それはいいけど、笹をどうするの?」
「うんとね、家で七夕をやるの。家なら、ちゃんと本当の願い事を書けるから」
綾子はふたたび、何かを考えているようだった。
ダメだって言われて笹を分けてもらえないかもしれない。
あさみはドキドキした。麦茶のコップには水滴がたくさんついていて、あさみの内心を見透かされているようだった。
「あさちゃんがそこまで考えているのなら、笹を分けてあげようね」
綾子は目じりを下げて言った。
この顔があさみは大好きだ。
「ほんと? おばあちゃん、ありがとう」
これで自分だけの七夕ができそうだ。
「ああ、本当さ。ただし、おばあちゃんは笹を切られないから、おじいちゃんが牛の世話から帰ってくるまで少し待ってくれるかい」
「うん、分かった」
「四時には一度帰ってくるから、もうじきだよ」
あさみは左の壁にかかっている時計を見た。三時三十分だ。
「それにしても、七夕なんてなつかしいねぇ」
綾子はあさみが持ってきた『萩の月』の包装を開けながら言った。ロゴデザインが大きく印刷された箱が現れる。
『萩の月』はあさみの大好物でもある。
手のひらサイズの丸くて、中にカスタードクリームがたっぷりつまった、まるで満月のようなお菓子だ。最近になって姉妹品として、チョコ味も出た。
「おばあちゃんも昔、よく七夕をしたの?」
あさみは、チョコ味の『萩の月』をほお張りながら聞いた。
「そうだねぇ……あの頃はおばあちゃんとおじいちゃんはあまり会えなかったからね」
「え? それって、どういうこと?」
綾子は半分になった『萩の月』を小袋の上に置いて、麦茶をごくん、ごくんと二口飲んだ。
すだれを通して差し込んでくる陽の光で、綾子の白髪が透けてオレンジ色に見える。
どこか遠い目をしているようだとあさみは思った。
「昔の話を聞いてくれるかい」
綾子の思い出話が始まった。
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