第11話 黒戸 紅の世界一の人〜前編〜

かつて日本一の不良校と言われた桜野中学校、だが今や日本一の偏差値の高い秀才校として有名であり、各界かっかいの財界、経済界、著名人の御子息ごしそく御息女ごそくじょがこぞって入学を希望する学校となっていた。


そんな中学校のトップに君臨するのが他ではない黒戸 白の妹、黒戸くろと くれないであり、この凶悪で最悪の不良校を変革させた張本人であるのだ。


紅は現在は桜野さくらの中学校に通う三年生で生徒会長を任され、才色兼備さいしょくけんびで学問も運動も沙汰そつなくこなし、在校生からも好かれる非の打ち所がない女子中学生である、もし欠点があるとするならば、極度きょくどのブラザーコンプレックス……ブラコンである事なのかもしれない。


だが本人曰ほんにんいわく「私にとって白お兄ちゃんは大切な人以上の存在で、世界一大好きなのである……ただ、私からしたらその事は欠点でもなく、むしろお兄ちゃんが好きで何が悪いとと言いたい」と述べており、ある意味欠点がないと言って良いのかもしれない。


そのブラコンだが、別に昔からお兄が好きと言うわけではない、昔は普通に仲が良い兄妹きょうだいである……あの小学一年生までは。


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わたしは小さい子供の頃よく白お兄ちゃんと昔から幼馴染でお隣の白間しろま  美希みきの三人でよく遊んでいた。


お兄ちゃんと美希が進学して小学生に上がると、三人は一緒に遊ぶ機会が減り私は一人で遊んでる事が多かったが、私と白お兄ちゃんは一つしかとしも離れていない事もあり、一年間待てばまた同じ小学校に通い前みたいに三人仲良く遊べる日がまた来るとそう時は思っていた……しかしそんな想い、希望ははかなくもかなう事はなく、私の小学生時代は終了した。


私が花川はなかわ小学校に入学してしばらくった頃だ、白間 美希が白お兄ちゃんに向かってストーカー呼ばわりし、その発言は瞬く間に小学校全体に広がったからだ。


そうなれば当然とうぜんの事、妹であるわたしにもその余波よはじょ々に私にも降り掛かり、ある日登校すると私の机には『ストーカーの妹』とか『妹は誰をストーカーするんだ』と言う誹謗中傷が書かれ、歩いていると背中に『私はストーカーです』と貼り紙を貼られる様ないじめにあっていた。


周りの同級生も飛び火を恐れてか皆が私をける様になり、周囲の人からは私の悪口を言ってるはなごえすら聞こえる日もあった。


家に帰ればそんな虐めの元凶である兄の顔を見る度に腹が立ち。


「お前の……お前のせいだ! 私は何も……ただ何も悪い事なんかしてないのに……お前が、お前なんか大っ嫌いだ!!」

これが初めてかもしれない、白お兄ちゃんを罵声を浴びせて何度も叩き、『お前』呼ばわりして、大嫌いなんて言ってしまったのは。


こんなすさんだ状態が続き、学校に行けば何かしら嫌がらせを受ける、そんな日々が続けば当然すぐに私の精神は疲弊ひへいし、数ヶ月で私は小学校を不登校になり、家に引きもる事になった。


私ですらそんな状態なのにお兄ちゃんはそれでも毎日学校に登校していた。


そんな何事もなかったかの様に自分だけ平然と学校に行く兄の姿が許せなく、私は白お兄ちゃんが学校に行ってる間に兄の机に『死ね』『帰ってくんな』『消えろ』といった落書きをして、ドアには『一生恨んでやる』と貼り紙を貼り、私が学校で受けた行為をそのまま仕返しとばかりに毎日おこなった。


それでもお兄ちゃんは帰ってきても私に文句を言うでもなく、淡々と貼り紙を捨て、机に書いた落書きを黙々と消し、何事も無かったかの様に毎日を普通に生活していた。


私はそんなお兄ちゃんの態度にさらに腹が立ち、家で顔を合わせるたびに叩き、暴言を浴びせ、いきどおりのないこの感情を全て兄へ向ける毎日を続けた。


それでも白お兄ちゃんはやり返すでも、怒鳴るでもなく、ただ私に対し「ごめん」と困った優しい笑顔で対応するのだ。


そんな日々が続いたある日、私の部屋のドアの前に一冊のノートが置かれていた、ノートには小学一年生の勉強する範囲の解説や説明、問題などが各教科ごとにビッシリと書き込まれ、そんなノートの中に何気なくまぎれて手紙が一枚入っていた。


『僕のせいで嫌な思いさせてごめん、こんな手紙を貰うのも紅は嫌かもしれないと思う、でもそれでも僕が紅の為に何か力になれる事はないかって色々考えてみたんだ。

僕はそんな頭良くはないけどさ、もし紅が嫌じゃなければ、僕が勉強見てあげるから、だからこのノートにとりあえず今学んでる一年生の勉強をまとめておいたから使ってみてよ』


こんな物をいつ作っていたのかは分からないが、だからといって私はその時もお兄ちゃんは許す事は出来なかった、だが前々から私自身も自分の為に勉強はしなきゃなとは思ってはいた所もあり、白お兄ちゃんを苦しめながらついでに私の勉強の手伝いでもさせて、いい機会なのでここぞとばかりに兄を利用できるだけ利用してやる事に決めたのだ。


最初のうちはいつもの様にお兄ちゃんに対する嫌がらせや暴言、暴力を振りながら不機嫌な態度で勉強を教わっていたが、日に日にそんな日々が続いていくとなんだが勉強そのものが楽しく感じていき、ある日を境に私はお兄ちゃんに対して机に落書きや、貼り紙、暴言や暴力はといった無駄な事に時間を費やすのが馬鹿らしくなり、白お兄ちゃんのくれたノートで自主学習を始めら様になっていた。


ノートは毎日朝起きると私の部屋のドアの足元の床に置かれ、学習用のノートには勉強以外にも面白い話や日々の日常の事などを織り交ぜながら色々な事が毎日くれるノートに書き記されていた。


そんなやりとりが何日も続き、それなりに同学年の子と同じぐらいには勉強は出来るようになっていたし、ただ引きこもってる子とは違い日々充実した毎日を過ごせていると感じていた。


ある日、自主学習で分からない事があり、私は白の部屋のドアの足元に手紙でその事の質問を書いて、ついでに私の近況報告や、たわいも無い話などを文章につづり置いた。


その日から私の部屋のドアの足元に、学習要綱のノートとは別に交換日記のノートが増え、私の分からない事の解説や説明、白との世間話のような雑談の文章が日記には記載されていた。


私は次第にお白お兄ちゃんと勉強をする事が楽しくなっていた。


それは勉強だけではなく、心の奥底に本当は昔の様に仲良くなりたい気持ちがどこかにあり、だから白お兄ちゃんと交わす、この日記のやり取りが私は楽しく、知らず知らずのうちに励まされていたんだろう、私は不登校になり引き篭もりっていたが、お兄ちゃんのおかげで毎日がとても充実した気持ちで満たされていった。


そうした月日が流れたある日、毎日置いてくれていたはずの二つのノートが置かれる事が止まった……


たまたまかと思ったがそれは次の日も、その次の日もノートが置かれる事は無かった。


最初は確かに利用してやろうと言う気持ちで始めた事だったが、少しずつお兄ちゃんとのこのやり取りは私の中で大切な事の一つとなっていき、それが突然無くなった事は私にとっては大きなショックで悲しく、唯一ゆいいつの味方であると思っていた心の支えになっていたお兄ちゃんにも見捨てられたと思った私は哀しみと怒りがこみ上げ、我慢できず自分の部屋を飛び出し兄の部屋をノックとは言えない叩き方で、何度何度も叩いた、しかしお兄ちゃんの部屋からは何も返事が返ってこない、ただドアの叩く音だけが虚しく響き渡るだけだった……


私はたまらず兄の部屋のドアを無作法に開けるとそこには誰もおらず、部屋の空気は何日も部屋を開けているそんな雰囲気だけがただよっていたのだ。


あれから何時間だっただろう、私は家で両親や白が帰ってくるのを待ち、夜中の二十三時頃に鍵で玄関の扉を開ける音がしたので直すぐに玄関へと駆け寄った。


「ちょっとどう言うつもり! 私に……私に勉強教えるって約束したじゃないか……」

お兄ちゃんが帰ってきたと思った私はドアが開く前に溜まっていた気持ちを怒り混じりに叫ぶ。


しかしドアを開けたのは母であった。


「あら紅、どうしたのそんなに怒った感じで叫んで、ごめんなさいねお腹すいたちゃったのかしら? 今すぐに用意するから我慢してね」


母は「食事を催促するなんて珍しいわね」とばかりに、私の顔をみて話しかける。


「ち、違う! 違う! お兄ちゃん……白が、白が私を裏切って……何日も私の事をないがしろに……」

私は目に少し涙を浮かべ母に訴えた、すると母は私を優しく両手で包み込むように抱き寄せ。


「紅……そんな事言うもんじゃないわ、白はいつだってあなたの事を大切に思ってるし、いつも気に留とめているのよ……白はね今体調を崩して入院してるの、でもあなたは気にも留めていない様だったからわざわざ言わなかったのだけれども」

そう私に告げると、母はかばんから二つのノートを取り出し。


「今日もお見舞いに行ってきたら白がねあなたにこれを渡してって」

母から渡されたノートを開くといつもの様に学習要綱内容がびっしり書かれていた。


交換日記のノートには『何日間かノートを渡せなくてごめんね、ちょっとしばらく用事で書けないけど不安にならないで、用が済んだら必ず再開するから、それまでは自主学習で頑張って』


白は一切自分の今の状況を話さず、ただただ私の心配をしているだけだった。


「白は、お兄ちゃんはどうしたの?」

私は日記を読み、母に尋たずねた。


「大丈夫よ、たぶん近いうちには退院するから、あなたはあなたの出来る事をやりなさい」

母は質問の答えをはぐらかす様に答えた。

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