第9話 火野 京子と特殊能力対策課

ショッピングモールで起こった事件の次の日


加害者である久須くす 竜也たつや容疑者は殺人未遂及び傷害罪などの罪で現場に駆けつけた警察官に現行犯で逮捕された、その時の防犯カメラや野次馬の写真撮影による画像、動画が確実な証拠品となり有罪が確実とされている、また過去の犯罪なども掘り起こされ、当分は塀の中で暮らすことになるだろう。


被害者である黒戸 白は数十箇所刺され緊急搬送、一時は意識不明の重体だったが、その後意識を取り戻し、一命は取り留めた……


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警視庁地下十階の一室、無精髭を生やしたボサボサ頭の三十代位だらう男はお腹をさすりながらある一枚のレポート用紙に目を通していた。


「黒戸……黒戸……まさかな、まぁそれにしても昨日は被害者の面会に病院行ったら酷い目にったぜまったく、こんな所でまた奴に会うとはよ……まったく面白いね、おーい火野! この報告書をお前も読んどけ」

無精髭の男は後ろのテーブルでスマホをいじりながら、棒の付いた飴玉を舐めている、赤いセミロングシャギーヘアーで手足に白い包帯を巻き付けた女性に話しかける。


「はぁ〜!? 特課うちには関係のないただの傷害事件じゃないんですか? なんでうちがこんな事件の報告書を読まなきゃ……だいたいそうやってなんでもかんでも首を突っ込むのやめて下さいよ、あといちいち上司ぶるのも、ウザいんで山田さん、普通にキモいです」

火野は面倒くさそうに文句を垂れた。


「お、お前な上司ぶるって……キ、キモくわないだろう、こう見えて俺一応はお前の上司であって先輩だからな」

無精髭の山田は怒るでもなく楽しげに、火野の愚痴を軽く注意した。


「わぁ〜〜でたでた、こんな部署に飛ばされて、私しか部下のいない公安特殊能力対策課に左遷させんされたうえに、なんにも実績挙げてないのに年上ってだけで室長になったくらいで偉そうにしてる中年が、パワハラです、パワハラで訴えますよ」

火野は怪訝けげんそうに汚物おぶつを見る目で山田に言い放った。


「お、お前な……まぁそんな話は置いといてだ、俺らと関係ないってのはどうかと思うぞ……ほらよ、いいから見てみろ報告書」

山田は報告書と一緒に渡されていた事件当時の動画映像の詰まったデータ端末も火野に一緒に渡した。


「いやいや、話終わってないですから、パワハラで訴えますから、なに都合悪くなるとスルーするんですか? まずは私の件を済ませてからこの件でしょ」

火野は報告書とデータ端末を渡されながらブツブツ呟き、データ端末を自分のパソコンに挿して読み込む間に報告書に目を通した。


「そんな細かい事ばっか言ってっと、婚期を逃すぞ」

山田は笑いながら余計なことをいちいち口走った。


「はい、セクハラ確定! いま仕事してるんでお静かにしててもらえませんかね」

火野は山田を一瞬睨みつけてすぐに報告書を読み返した。


「お前本当に自分勝手な奴だな……でっ、どうよ興味深くないか?」

山田は呆れた表情を見せながら、楽しそうに聞いてみた。


「あのーー見て分かりませんかね? まだ報告書を読んでる最中で、まだデータ読み込んでる最中なんですよ、アホなの? そんな事言ってるくらい暇ならお茶の一つでも出すくらいの気の使い方できませんかね? 上司として」

火野は山田の顔すら見ずに答える。


「おいおい、お前言ってることとやってる事おかしくね? お前こそ上司を当たり前のようにあごで使ってんじゃねーか、これはパワハラだろ? 問題ないのかよ!」

ブツブツ言いつつも山田は給湯室に行き二人分のお茶を入れに向かった。


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しばらくして、火野は報告書を読み終わり、データ端末に入れられていた映像を何度も見ていた頃、山田が給湯室から戻ってきた。


「どうだ感想は?」

お盆に乗せたお茶を火野の机に置きながら、報告書の感想を早く聞きたい山田は興味深げに問いかける。


「な、なんですかこの少年は……こんな事を言っては不謹慎ですが、この少年は死んでいてもおかしくないですよ……」

山田の質問に火野は驚いた表情を浮かべ素直な感想を述べる。


「だよな! だよな! 俺も報告書を読んだだけなら『奇跡かな』くらいだったが、この映像みて、俺の勘だが特殊能力持ちだと思うんだがどうよ?」

山田は子供の様な満面のみを浮かべ嬉しそうに火野に意見を求める。


「不服ですが……間違いないんじゃないかと思います、特殊能力持ちと言うよりは特殊体質の方が濃厚かと……あの映像では彼がなんかしらの能力を使ったとは思えませんし……見た感じはただ一方的にやられていたとしか」

山田の言葉に同意しながらも火野は疑問を投げかけた。


「そう! そこなんだよ、能力持ちならあんな状況だったら能力を使っちまうだろ? だが使ってる気配はない、結果は死んでもおかしくない状況、なのに生きていた」

山田は火野の机を両手で叩き、興奮気味に自分の考えを話す。


「回復系? 防御系? いや……回避系? それとも他の……だとしたら彼はなんらかの能力か体質を持っていたって事ですかね?」

火野は真剣な眼差しで山田に答える。


「どうだろうな、回復系にしては病院送られてるしな、防御系にしてはボロボロにやられてるし、回避系に至っては回避してねーし……よく分からん」

山田は新しいタバコに火をつけながら楽しそうに天井を見上げて答えた。


「だったらどうするんですか、うちの管轄の仕事かもしれないんでしょ?」

火野が山田に詰め寄る。


「そう! そうなんだよ、そこなんだが、まずはこの件を調査してから判断したいと思うんだがどうだろうか? 火野ひの 京子きょうこ刑事」

山田は詰め寄ってきた火野に対し、悪巧わるだくみをする様な笑顔で火野に問いかけた。


「まぁ、そうですね……まずは調査して本当に能力持ちなのかの判断をつけるのが大切だと思います」

火野は山田にハッキリ言い切った。


「おぉ! そうか、そうだよな、そうだよ、そうこなくっちゃな、じゃあ東桜台高校の潜入調査頼むわ」

山田はその言葉を待っていたとばかりに嬉しそうに火野の肩に手をやり火野に任務を任命した。


「へぇ? あっ、は、はい……んっ? えっ私……!? はぁ? 潜入調査!? わかり……って、えっーー!? え〜〜〜〜〜〜!! な、 何言ってんの? バカなの? 死ぬの?」

ニタニタ笑っている山田に、火野は『何を言ってんだコイツ』とばかりに少しパニックった様子で胸ぐらを掴んで詰め寄った。


「潜入調査ってなんですか! 高校生になって通えと? 今年24歳になる私が? 無理があるでしょ!」

火野は混乱しながらも、山田にまくし立てるように言い放った。


「えっ!?  あっ……いや普通に教師として潜入してもらおうかと思っていただけなんだが……まぁお前がそこまで言うなら、女子高生の火野ってのも面白いか」

山田は思いもよらない火野の提案に、楽しそうにうなずきながら答えた。


「えっ!? あっ……教師、教師……ですよね」

火野は顔を真っ赤にして、『しまった』って顔で答えた。


「では、火野刑事の女子高生潜入調査作戦で話を進めていく事で決定で良いな! でわ以上だ……クックックッ」

山田は楽しげに席を立ちながら答え、これで『決定」と言わんばかり手を叩いて出口に向かって歩みを進めた。


「ちょ、ちょっと待て〜〜〜〜〜〜! 教師で……教師でいいから、生徒は……24歳で高校生は無理があるから〜〜〜〜!!」

火野は席を立ち出口に向かおうとしてる山田に対して手を伸ばしながら反対しようとした。


「じゃあ俺は各関係者、関係機関に今回の作戦の詳細な打ち合わせと、手回ししてくるから、お前は自分の出来る準備だけでもしとけよ」

山田は火野を無視するように一方的に話を進め、振り向きもせずに後ろ姿のまま火野に対して手を振り、出口のエレベーターに乗り込んだ。


「や、や、山田やまだ ! 山田やまだ 太郎たろう、待ってーーーーーー!!」

すでにいなくなった山田のフルネームを叫びはしたものの、その声は特殊能力課に一人取り残された部屋ではただただむなしくひびき渡るだけだった。

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