第28話
フロネーとロクサーヌは果てしない光量に視界を奪われたかと思うと、次の瞬間には、上空から北領の街並みを俯瞰していた。後から続けざまに起こった爆発の烈風は、まるで二人の背中を後押しさせるかのようだった。
しかし、フロネーは手持ちのコアを既に使い果たし、対抗手段は無いかのように思えた。
「私がコアになるっ!」
フロネーは巨人の体の一部を奪って、ゴーレムを作り出す。彼女の身体はみるみる土の装甲に覆われていき、敵に抗うための武器を手に入れた。しかし、彼女のゴーレムは人体の二倍ほどしかなく、巨人とは数倍の差がある体格だ。それでも、強化した剽悍さなら、ロクサーヌの援護には十分だった。
数時間に及んで『
もはや彼女にとって、自身の肉体と精神を一つのコアとして見立てて、ゴーレムの素材に同調させることは造作もない。
「——————」
イポスティは絶句した。完膚なきまでに組み伏せたはずの二人が、外へ意気揚々と躍り出ているではないか。彼は空気に触れる『
鎧を着込んだロクサーヌ。ゴーレムと一体になったフロネー。それはどちらも、人知を超えた錬金術を駆使するフロネーの奥義だ。イポスティはついぞ手が届くことのなかったフロネーの聡さに、敵、そして師匠ながら感嘆していた。
「ローシー!」
阿吽の呼吸で、フロネーはゴーレムの両手でロクサーヌを打ち上げる。ロクサーヌは上昇する勢いを利用して、渾身の拳を巨人の顎に打ち込んだ。強度を保つために圧力を掛けられていた土はさらなる圧力に屈して破裂する。巨人の顎の大部分は消滅し、顎関節に引っ付いた下顎の名残だけが振り子のようにだらんと振れていた。
それでも巨人はやはり動じないどころか、さらなる一手を用意していた。ロクサーヌが僅かな時間で顎を破壊する間、巨人は頭上で両拳を一つに握り、ロクサーヌを地に落さんと振り下ろし始めていたのだ。人型であるのにおよそ人間的ではない動きは、無機物の肉体を持つゴーレムの特権だった。
気持ちの良い反撃が決まって、中空で自由落下を待っていたロクサーヌは巨人の鉄槌に襲われる。まともに衝撃を食らったロクサーヌが直線的に墜落する寸前、フロネーのゴーレムは彼女を受け止めた。
「まだ行けるよね?!」
「うん! もっかい打ち上げて!」
ロクサーヌがあれほど強烈な痛打を叩きこまれてもなお、さらなる攻撃を所望できたのは、大半の衝撃を防具が吸収していたからだ。そして、しばしの思考時間もまた手に入った。
ロクサーヌは自身と巨人の決定的な力の差を見せつけられ、勝つにはまだ何かが足りない、と思わざるを得なかった。あの胸を突くためにフロネーに頼り切りではいつか隙を見極められて、人外的な挙動で押し切られてしまうだろう。だから自分には、あのコアまで届くような手段が要る。そう———この空を自由に駆ける翼が必要だ。
ロクサーヌはあの一瞬の出来事をもう一度、と眦を決する。
「飛べーーー!」
ロクサーヌの背中から、天使のような、しかし、青い炎をいきり立たせる両翼が生えた。両腕に羽毛を生やす千月のそれとは全く形状が異なるのは、純血のロクサーヌが保有する神性が所以なのだろう。
ロクサーヌは、彼女を打ち上げるフロネーの助力によって、かつて千月が地下工房で見せた急上昇を実現する。
そして巨人の眼と眼前で対したその時、誰かが耳元で囁くのを、ロクサーヌは聞き逃さなかった。
「ロクサーヌ様に、勝利を———」
「——————ファシア……!」
幻鳥が霧散すると、腰元には指揮官から受け取った彼女の剣が差さっていた。
「うん。絶対に勝とう———」
剣を手に取ったロクサーヌ。だが、巨人も呆然と立ち尽くしている訳ではない。彼女が飛翔する頃にはとうに手を打ち、次の攻撃へと転じている。が、そこに横やりを入れたのはフロネーだった。彼女はロクサーヌを打ち上げると巨人の膝へと駆け寄り、膝裏を突いていた。関節の破壊まではいかなくとも、体勢を崩すだけなら膝の曲がる方向に衝撃を加えれば良い。ゴーレムである巨人の、人型である故の弱点だった。
「ローシー! 今だ!」
「はああああああああ!!!」
ロクサーヌは目にも留まらぬ速さで剣を振るい、巨人の両腕を切り落とし、頭部も半分に裂いた。これで邪魔はされない。後は胸を切り刻んで、コアを籠手で壊すだけ。ロクサーヌは情動の赴くままに剣を縦横無尽に振るう。
その奥で、巨人の首筋の裏にしがみついて斬撃から身を隠すイポスティは、歯がゆさを覚えながら巨人に下知した。
「鉄を纏え!」
彼の体中の震えがしわがれ声にも入り混じっていたが、巨人は従順に命令を受け入れる。
「ugahrrrrr!!!!!」
途端に鉄板が巨人の体表を覆いつくし、ロクサーヌの剣を阻んだ。彼女は大音量の咆哮に耐えきれず一端退くと、もう少しで露わになりそうだった胸部が無残にも鉄で補強され、振り出しに戻ってしまった。ロクサーヌにはその鉄が、あたかも巨人の中から浮き出てきたようにしか見えなかったが、それで間違いは無かった。
巨人がフロネーを飲み込んで、ロクサーヌ達が浜辺から移動するまでの間、巨人は地下工房の上で侍っていた。それは時間を無為に浪費していたのではなく、土砂に埋もれていた資材を巨人に吸収させるのに手間取っていたのだ。しかし、その用意はこの戦いのためではない。シンフォレシアに取って代わる王国を建設するための礎となるはずだった。イポスティは計画にない選択を迫られるほどに追い詰められていた。
鉄の装甲を纏うと同時に『
「これは回避できないじゃろう」
巨人がイポスティの指示に従いロクサーヌに向かって放ったのは、巨人にとっては小さな、しかし人間にとっては大砲のような鉄球だった。
ロクサーヌは危機を察知して両翼をはためかせ、出来る限り鉄球を躱す。幸い、弾幕の粗い鉄球に直撃することはなく、幾つかが防具を掠めるに留まった。
「精密性に欠けるか。癪ではあるが、儂が直々に操舵するしかあるまい」
イポスティはさらなる恥辱に鼻を鳴らすと、コアの中核へと身体を潜り込ませる。そうして放たれた二度目の砲撃は、もはや射撃の域に達していた。
ロクサーヌは一投目を難なく回避した。しかしその先にはおりしも二投目が迫っており、ついに直撃を許してしまった。一度の過失で彼女は羽の制御もままならなくなり、次々と鉄球が彼女を打ち付ける。そうして死が着実に距離を縮める間隙でも、ロクサーヌは諦めなかった。その決意の固さを褒め称えるように、フロネーはロクサーヌと砲撃の間に割り込んだ。
フロネーは鉄を何投も土の身体で受け止めて、ロクサーヌを庇う。止まらない砲弾の整列に「私は大丈夫だから!」とフロネーはチャンスをロクサーヌに託した。
「ありがと!」
手短に感謝を伝えたロクサーヌは、瞬間移動と思しき速度で巨人へと間合いを詰める。そして直角に上昇する中でも強化した刀身で我武者羅に攻撃を繰り出し、巨人の鎧に傷を刻み付けていく。相手が無尽蔵に修復をこなすなら、それを上回る威力と攻撃速度でコアを露出させてやる。
イポスティは彼女の高速移動を捉えられず、眩暈がした。そしてロクサーヌが動きを止めた刹那、これでもかと思い切った横薙ぎの一閃によって巨人は腹から真っ二つに切断される。ロクサーヌの紋呪によってコアとの接続が途切れた下半身は土くれへと退化し、支えを失った上半身は自由落下するしかない。
一振りを終えても残心したままのロクサーヌと巨人の目線が同一線上に交わる。瞬間、巨人の双眸が赤く灯った。夜の闇には相応しくない、明瞭過ぎる赤色が二つの直線を伸ばし、ロクサーヌの両翼に穴を穿った。
「しま……」
飛行能力を失ったロクサーヌがもがく透き目もなく、彼女の脇から音速を超えた何かが飛来した。そのまま平原に押しつぶされ、鎧が卵の殻を平らに潰したように衝撃吸収の役目を終えて割れていた。
巨人が狙っていたのは二つの攻撃。眼球光線と、もう一つは鉄を装備した拳だった。
鉄拳は明らかに先ほどまでの、土の質量に頼った単純なものではなかった。威力が増しているのはもちろん、飛躍的に速度を増していたのは、肘から猛炎をジェット噴出させていたからだ。例えば、戦闘機がフル出力でレドーム———機体の先端を向けて特攻してくれば、ひとたまりもないことは想像に難くないし、死の恐怖さえも感じないだろう。イポスティはそれを、王城の諜報員から横流しさせた外の知識で知っていた。
光速と音速の違いは、人間にとってはほとんど感じられない。人体が視神経を通して物体を認識する前に攻撃が終了するのに、どう反応しろと言うのか。例え未来予知に等しい能力があったとしても、その上で瞬時に身を翻らせる素早さが無ければ、未来予知さえ無用の長物にしてしまう。
ロクサーヌが気を取られている間に、それら必殺の技のどちらかが当たればいいと画策していたイポスティの戦略勝ちだった。そもそもどちらも躱しようがない点で言えば、イポスティは用意周到すぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます