第5話 自爆まで0min
メロリーナが現れて全員の時間が止まったと思われた時、天井のスピーカーからキャピキャピルンルンの甘ったるいボイスが流れた。
最初は機械的でアナウンサーのようなキビキビした発声の、とても真面目なアナウンスだったのに、残り時間が減るにしたがって「妙に砕けて来てたなあ」と全員がちょっと思っていた。
しかし残り十分を告げる頃になると、”ちょっと”どころじゃなくなってきたのだ。この時間になれば全員退避していて、まともに聞く人もいないだろうと言われ、いつもだったら絶対に出来ないテンションで収録してしまったのだ。
『まだ残ってる悪いコちゃんはいないかナー?☆ 大変! 残りの時間が十分しかないヨ~♡ 早く退避シ・テ・ネ♪ お姉さんとの約束ダゾ』
全員が茫然と天井のスピーカーを見つめた。
妙にカタカナが混じった喋り方は、ジョンを彷彿とさせる。しかしこれは明らかに女性の声だ。
天井を向いていたそれぞれの視線が一度ジョンに向いたが、そのジョンがメロリーナに視線を向けたので、全員の目が流れを追うように彼女に向かう。
内股で、左手を口元にプルプルと羞恥に震える彼女の顔は真っ赤で、声の主が誰であるのか一目瞭然だった。
「イヤァァア聞かないでええええ、博士、早くこれを止めてください~」
進路を妨害するように飛んでいたポイラッテをはたき落とし、「ぷぎゃ」という悲鳴を背後に、メロリーナは床から体を起こしたばかりの白衣の中年男性の両肩を掴んで、がっくんがっくん揺らした。
「め・ろ・り・な・く・ん、お・ち・つ・き・た・ま・え」
前後に激しく揺らされて、博士の声は前後の揺れに合わせて途切れ途切れだ。
「大塚先生……!?」
「姉さん……!?」
「ヒッ」
動きをとめた彼女は、目の前にいる二人の存在を思い出した。
「ブラックアイパッチ様……え、あなたはもしかして」
「生徒の多田ユウです」
「多田ク……ン?」
彼女の顔から血の気が引いて、ふーっと後ろに倒れて行くのを、ジョンが慌てて抱き止めた。
「姉さんしっかりして、何がどうなってるデス」
「ああジョン、許して。姉さんは先に逝きます」
「えっ、逝っちゃダメ、しっかりシテ!」
魂へのダメージで危うく昇天しそうだったメロリーナだったが、ヒーローズメンバー家族であるなら治癒が効くルールにより、敵幹部という立場でありながら一瞬で心の傷が癒された。ガバガバである。
ずたボロになっていた魂が治癒された彼女は、幾分平静さを取り戻し、ジョンから体を離すと正座をした。
「ジョン、この事はパパとママには内緒にして下さいデス」
そして深々と土下座した。フルーティア星人最強のお願いポーズである。主に一生のお願い! という時に行う。しかしそんな事をされてもジョンは慌てるしかない。
「とにかく姉さん、この状況を説明して欲しいデス!」
『残り八分。まさかまだ退避してないなんて? とんでもハップン!』
昭和二十五年の流行語が飛び出した。
この場にいる全員はおろか、読者も作者も置いてけぼりのエクストリームダジャレの暴発に、全員がハッとした。ユウが思い出したように叫ぶ。
「そうだ自爆を止めないと!」
「多田博士、止められますよね」
メロリーナが懇願する。残りのカウントダウンアナウンスをすべて聞くなんて堪えられない。
白衣の男はゆっくりと立ち上がると、力強く頷いた。
「止められる。だが止めなくてもいいんじゃないかな……」
「何を言ってるの父さん!? この必要退避距離だよ。どれだけの被害が出るか」
「……わかった、地下の自爆装置の所に行こう」
やる気の無さそうな父にユウは幾分の不安を覚えながら、全員でエレベーターに乗り込んだ。しかし。
ガックン。
地下に行くはずのエレベーターが一階表示で突然停止し、扉を開いたのだ。
「あれ!? ここはまだ地下じゃないのに」
「残りの退避時間が少なくなって、地下まで行けなくなっているんだろう。この先に地下を覗き見出来る窓がある。とりあえずはそこへ」
博士の背を追うように、それぞれが続く。メロリーナがぐいぐいと男の背中を押して先を急がせようとするが、彼の歩みはのんびりしたものだ。残り五分を告げる甘ったるい吐息付のセクシーボイスアナウンスに黒髪の少年が赤面したのを見て、メロリーナはまた死にそうになった。こんなセリフを収録させた多田が憎くさえ思えて来た。評議会よりも敵という感じがする。
* * *
その頃、
セッションバトルはその後、意識を取り戻したヒョーガによるカスタネットとトライアングルを加え更に盛り上がり、白熱し、結果は
「はぁはぁ、やるなお前たち」
「お前も敵ながら、いいプレイだったぜ……」
『あっはぁーん♡うっふぅ~ん♡あと五ふ~ん♡』
脱力するようなアナウンスだったのに、力を最後まで振り絞った男達には心地よい声だった。
「あと五分か……お前たちとは、もっと音楽について語り合いたかったぜ。平和な出会いが出来ていたらなって思う」
「俺たちもだ。音楽はきっと敵も味方も無くす。もっとこの力を信じていれば……」
「兄貴……そしてレッド。生まれ変わったらバンドを組もうぜ」
「ああ、いいな……」
夕焼けの土手で拳で語り合ったかのように、熱い友情が芽生えていた。
「バンド名はそうだな、マジカルヒーローズでいいんじゃないかな……」
ヒョーガが、そうぽつりとつぶやいた。
音楽関係で決着したので、これでは旋律のマジカルヒーローズ。微妙にタイトル回収に失敗した。
* * *
笹山は苦悩していた。セルジオと共に自爆装置のシステムを解読し、その停止方法はおおよそ見当がついた。
それは爆弾解除のお約束、色のついたコードを切断すればいいというやつだ。そしてセオリーとして、どのコードを切るのかを笹山は決め兼ねていた。
タイマーは着実に残り時間を削っている。
ニッパーを片手に笹山の額には大粒の汗が浮かんでいた。
「黒か、赤か、黄色か」
セルジオがコードを見ながら言うが、男はおおよそ切るべきは黒であるという見当がついていた。ニッパーは黒いコードを咥えるように添えられていたのだが、彼は握り込む事が出来ずにいる。
黒は愛しのユウの色である。
解除システムの最後に書かれていたメッセージが気になっている。
☆解除システム占い☆
ニッパーを握ったあなた。切ったコードの色に関わる人との縁が切れちゃうかも!? ラッキーカラーはピンクと水色。
「ユウとの縁が切れるぐらいならいっそ」
一緒に散ってしまった方がいい、という心の声は言葉にはしなかった。しかし察したセルジオは大きくため息をつく。色欲属性のブラックは、いわゆる淫魔の類のように相手を恋に狂わせる所がある。それに踊らされているだけだと冷たく突き放してやるべきなのかもしれないと青いトカゲは思った。しかし愛に殉じようという姿は美しいと思う。
もし自爆に巻き込まれても評議会メンバーは精神が本体に戻るだけである。地球人である彼らと結社の面々は儚くなるが、戦略的にはそれも悪くないだろうというのが評議会メンバーのリーダーであるアルフォンスの考えでもあった。ポイラッテが合成生命体の損失でまた借金を重ねる事になるが、それは自業自得というやつだろう。
それなりに付き合いがある笹山に対して、情もある。彼の心の思うままにしてやろうと決心した刹那。
「笹山さん! 黒です、黒いコードを切って!」
ユウの声に笹山は顔を上げる。上の階の窓から顔をのぞかせ必死に叫ぶ少年を見て、その右隣にジョン、左隣にユウ好みのおっぱい美女がいる事に気付く。自爆が解除されても、彼は自分を選ぶ事はないのだろうという事は薄々感じている。切ない。
タイマーはすでに一分を切っていて、ハイスピードに数字を減らして行く。R18な路線に到達したアナウンスだが、もう誰の耳にも入らない。
笹山は眼鏡を外し、少年に向かって微笑んで見せた。それを見たユウは一瞬ほっとした表情を浮かべたが、青い髪の青年がニッパーから手を離したのを見て、「え?」と疑問の声を発した。
音高く、ニッパーが床に落ちて跳ねる。
同時にタイマーはゼロになった。
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