第2話 自爆まで1h
なんとなく、偉い人は高い所にいるイメージ。マンションも階が上の方が価格が高いし。でもいざ災害が起きた時に一番危ない所なのでは? という気もすごくする。実際地震で一番よく揺れるのが上層階なわけで、エレベーターが止まれば地獄の階段昇降である。断水もしやすい。火災の際には煙は上にいくし、はしご車は届かないうえに、上昇気流でヘリも近づけないから、あれは実際のところ事が起こったらどうするんだろうなあって……。火災で鉄筋が逝っちゃうと倒壊も在り得るので、避難しなければいけないけれど術がない。なのに何故、社長らは上層階に部屋を作ってしまうのか。
なお作者の一番好きな映画は”交渉人”であるが、次点は”タワーリング・インフェルノ”である。
さて、この結社のビルも幹部の部屋は上層にあるとユウは思った。屋上のモニュメントの中あたりが有力で、どうもあれが幹部の部屋っぽい気がしていた。
それは的確で、予想を裏切らない。捻りがないとも言うが、もし幹部の部屋が中途半端に五階の営業部の隣にあったら「何か違う」と思ってしまうのが人という生き物だ。ドクロの目の部分に大きなガラスのはまったそこが、メロリーナの部屋である。彼女はベッドに突っ伏してわんわん泣いていた。
天井のスピーカーからは、自爆までの時間を伝えるアナウンスが流れ続ける。このアナウンスは甘ったるいキャピキャピの作り声なのだが、実はこの音声を吹き込んだのはメロリーナ。のりのりで声優気分を味わった。
自爆装置は地球人の科学者の協力で設置されたのだが、その指揮をしていた代表の男、多田。ダンディでそこはかとなく色気のある彼におだてられ、調子に乗って吹き込んだのだが、今聞くととてつもない黒歴史を突き付けられているようで、恥ずか死しそう。
「イヤァ、ブラックアイパッチ様ぁ聞かないでェエエエ、うわぁあん」
一度押してしまったものの、このま音声を聞き続けるのは地獄。
彼女は体を起こすと、胸元に手を突っ込んで自爆スイッチを取り出した。しかしボタンはめり込んでいる。長くお洒落な爪で掴んで、なんとか引っ張り出そうと試みるがびくともしない。これはもしや、オフにする事を考えていないスイッチなのでは。
このままでは、恥ずかしい甘えたボイスが最後に聞いた声になってしまう。死んでも死にきれない。うっかりこれが思い残しになって幽霊になってしまったら、浮遊してしまうけど浮かばれない。
「そうだ、多田博士なら解除方法を知っているはず」
せめてこの音声だけでも止めて欲しい。メロリーナは身にまとったウェディングドレスを脱ぎ捨てると、動きやすいパンツスーツに着替えた。そして鏡を見て念を込め、一瞬で地球人に擬態する。腰までの長い金髪と頭部に生えた触覚は消え、豊かな茶色の髪に。仮面を外せば黒い瞳。
なんとメロリーナの正体は、ユウの担任教師大塚だったのだ!!
まさか女幹部がこんなに身近にいたなんて、お釈迦さまでも気づかないだろう。もちろん読者も気づいていなかったはずだ(チラッチラッ)。
この姿であれば、多田博士に自爆装置を止めるよう懇願している姿を部下に見られても気づかれない。幹部のプライドもあって、そのような醜態をさらすわけにはいかないのだ。部下だって見たくないだろう。
長い脚で軽やかに階段を駆け下りる。まだ博士が退避していない事を祈りながら、勝手に閉まっていく防壁をギリギリでスライディングで潜り抜けるアクションを披露する。
赤い光の点滅は平衡感覚を失いそうになるが、彼女は華麗に次々と閉まり行く扉の障害をクリアした。
しかしいくつかの壁を潜り抜け、階段を降り、角を曲がった瞬間に強い衝撃に弾き飛ばされ、彼女は尻もちをついてしまう。
「いったぁ!」
「あ、すみません、大丈夫ですか!?」
そこには大きな段ボールから手足が生えた謎の生物が。差し伸べられた手を取っていいのか数秒悩んだが、びっくりし過ぎて自力ではすぐに立てなかったので、謎の段ボールの手を借りる事にした。
「えっと、あなたは」
メロリーナは高速で思考を巡らせたが、部下にこんな生物はいなかったはず。何か開発していたという話も聞いていない。
「オレはレッ……通りすがりの段ボールマン!」
シュバッシュバッと謎の決めポーズで慌てて取り繕い、叫んだ。
「あの、多田博士の居場所は御存じない?」
「一時間ちょっと前に二階下の廊下で会った人が、そうだったかな……」
「ありがとうございます!」
叫ぶとメロリーナはハイヒールを脱いではだしで駆け出した。段ボールマンこと
「ん-?」
再度、ユウの示した動きを反芻し、再び胸の前をなぞる。
「あの女かーーーーー!!」
あのサイズは間違いなかった。
地球人へ擬態しても、胸のサイズは隠しようがなかったのである。
慌てて段ボールマンこと
* * *
笹山とジョンは地下にいた。
幹部が最上階にいるように、自爆装置は大抵地下にあると相場が決まっており、それは定番のお約束であり、作者はもちろんそれを裏切らない。
マザーコンピューターと形容したくなる、そそり立つ塔のようないかにもそれっぽい装置。何に使うのかわからないケーブルがつながり、部屋の中央にどかんと鎮座していた。あちこちピコピコ光ってて、モノクロ映画でしか見ないようなパンチカードがカタカタと吐き出されていた。最近の子はフロッピーディスクも知らないのに、パンチカードがわかるのか不安だが、なんか丸い穴がいっぱい開いてるレシートみたいなヤツだ。なお作者も流石に、その時代は生まれていないという事は信じて欲しい。
記録媒体はともかく、中央にはこれまたお約束のようにモニターとキーボードが備えられている事に気付き、笹山はゆっくりとその前に立つ。
「解除コードを見つけたいと思う。だが、ここは異星人のアジト、果たして自分に理解できるかどうかは賭けだ」
独り言のように言う男の後ろでジョンが小さく頷きながら「宇宙共有語だったら、ワタシ訳せるデス」と心強い事を言ってくれ、それに背中を押された笹山はキーボードに触れた。
スリープ状態だったのか、ぱっとモニターに光がともり文字の羅列が表示される。明朝体でスタイリッシュに並ぶ文字は漢字で、ちょっとどこかにアニメで見た事がある感じで「警告」と書かれていた。
「読める、読めるぞ!」
このシステムは日本語で管理されている事を知った笹山は、さっそくカタカタとキーボードをたたきはじめた。
活躍の場が無くて、ジョンはちょっとだけしょんぼりした。
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