第5話 飛んで跳んでとんで(もない)


 速い。


「今、そこの隙間に入ったか?」

「え? こっちじゃないか」


 ほんの一瞬、さっきまでそこに居たはずなのに居なくなる。

 なんとなく気配で近くにいるというのはわかるのだけど、まばたきをした瞬間に移動されている感じだ。音や土煙も最小限で、痕跡を辿るのも難しい。


「多分、この地下駐車場の中だと思う」


 ユウがビルの下に続く薄暗い地下を恐る恐る覗き込むが、ヤツの姿は見えない。モザイクがかかった事により周囲への溶け込み具合も増して、見つからないのだ。

 ついでに言うと本物のアレにもモザイクがかかり、地下を走るのが見える。むしろ原寸大(?)の方が見やすくなったかもしれない。モザイクの大きさがようバグに合わされているので、一ドットがデカいのだ。チラチラと色を変化させる六ドット程度の四角の塊が怪しく蠢く。

 こうやって見ると、人が住むエリアの薄暗い場所には思いのほか多い。一階が飲食店のマンションだと、共有廊下での遭遇率も高め。見えていないだけで、我々は常にアレと共にあると言っても良いのではないか。過言であって欲しいところだが、そこは残念であると言わざるを得ない。


「うげぇ……」


 その状況を烈人れつとも感じ取り、知らなかった事を知りそれを受け入れる事で少年は大人になる事から、二人は共に大人の階段を一段上がった。あいつらは隣にいるのだ。


「やっぱ退治方法って、通常サイズのと同じになるのかな」

烈人れつとが普段どうしているのか知らないけど、丸めた新聞紙やスリッパで叩くわけにはいかないだろ」

「あのサイズを潰したくないなあ。殺虫剤とかさ……」

「あのサイズに効くやつだと俺達もやばそうだぞ。どうにかして足止めが出来れば、俺が斬る」

「家の形をした鳥もちみたいなヤツとかか?」

「あれは罠にかかるまで待つ必要があるから。……洗剤をかけるとか、凍らせるやつとかそういう系統のがあれば」


 ユウの脳裏を駆け巡るのは、主婦の知恵コレクション。

 何はなくともとりあえず、動きを縛る。烈人れつとの武器のギターは鈍器なので、叩き潰すよりはユウの刀でズンバラリンとやってしまう方がいいだろうという結論に達した。青く輝く刀は紫外線感があって、滅菌もできそうなイメージもあるし。


「動きを縛るのは、自分にまかせてくれ」

「ブルー、気が付いたのか!」

 

 前衛二人の背後に、長身の青年が眼鏡をクイッと上げながら立っていた。冷静さを取り戻したイエローの往復ビンタを受けて文字通り叩き起こされたらしく、両側の頬が若干赤味を帯びている。


「いきなりで驚いてしまったが、もう大丈夫だ」

「でもどうやって動きを縛るんだ」

「フッ、ブルーの能力を忘れたのか? ブルーの能力は、相手を操作する力」

「あ、そうか!」


 今まで一度も使われていなかったので、完全に失念をしていた。ユウに対して使いそうなものなのに使っていない辺り、笹山にもそれなりの矜持があるのかもしれない。

 その思念を読み取ったポイラッテが、大仰に首を左右に振った。


「ユウに使えるなら、この男はその日のうちに使っているだろう。操るためにはセルジオが対象にくっつかなければならないが、セルジオは良識があるから仲間に取り付いたりしない」

「操るためには、セルジオがくっつく必要がある……?」


 ユウが気遣わしい視線をセルジオに向けると、青いトカゲは黒目をウルウルとさせ震えていた。これはセルジオもアレが苦手なようだ。


「セルジオ、大変だと思うがやってくれるか?」


 優しい言葉をユウがかけると、青いトカゲは頭を数度振って雑念を捨て、ぴょんと笹山の肩からポイラッテの頭に飛び乗った。


「操れるのはせいぜい十秒程度だ。頼んだぞブラック」


 セルジオの震える声は、知的だが弱々しい。よく見ると笹山の膝もガクガク笑っている。上目遣いのジョンはハニーを腕に強く抱いて縋るような視線を送って来ていた。

 全員が勇気を振り絞り、ヤツと相対する事を選んでいる。誰一人逃げ出そうともせずにいて、マジカルヒーローズの心が一つになったのだ、負けるはずはない。

 少年は力強く頷きで答えた。


「後は見つけ出すだけだな!」


 烈人がチャキッとカッコよくギターを構えた。


「虫の嫌がる周波数で演奏してみるぜ!」


 そんな事が出来るのかとユウが答える前に、烈人れつとはピックを高々と掲げ、一気に弾き下ろした。


 キュウゥゥウウウウウウウィイイイイイン

 ズキュゥウウウウウゥウウウウウウウウン


 黒板を引っ搔いたかのような不快感MAXの高音に、味方であるはずの彼らも思わず体を引き延ばして捻る。スタイリッシュかつ独特のポーズには名前がついているが、諸事情で伏せる。

 ついでに言うと遠くの鉄塔にいたヒョーガとゴーマも思わず、独特の立ち方をした。


 全員が騒音に身を捻る中、地下駐車場に変化が訪れる。

 この音は地下駐車場で反響し合い、流石の妖バグもたまらず飛び出して来たのだ。


 しかも、――飛んで。


 更に言うと普通サイズのやつも一緒に。


「「「「「「ぎゃーーーーーーーーーーっ」」」」」


 その場にいる全員が絶叫をした。ヒッチコックの鳥が黒く平べったい虫版モザイク付きに変化した感じである。阿鼻叫喚とはまさにこのことであろう。



 なお異世界転移をしたメロリーナは逆ハーレムを構築し、元婚約者の王子とヒロインにざまぁ三倍返しをしたところだ。


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