第2話 部屋割り


 四人が暮らし始めたマンション。普通のファミリー向けの間取りをイメージすると間違いはない。よくチラシに入っている感じのやつだ。駅近と謳いながら最寄りの駅まで徒歩十五分、生活圏内にスーパーがある事を一番の売りにしているような奴。

 頭金なしで即購入可能! などと記載があるが、そもそも頭金が用意出来ない資産状態だと、ローンと固定資産税で死ぬから気を付けていただきたい。無理な背伸びはしない事、それが人生の鉄則。知ろう、身の丈!

 なお笹山は両親が一括で購入しているのでローンはないが、年に一回それなりの額の管理費、修繕積立金を支払っている。チラシには小さく書かれているので、気を付けて見ておいて欲しい。マンションの場合、支払いはローンと税金だけではないのだ。


 ユウの私物はそれほど多くなかったので、笹山のマンションの中で一番狭く、収納がない五畳の和室が彼の部屋になった。リビングに隣接して配置されている。

 アイドルオタクで楽器をやっている烈人れつとが一番荷物が多いので、玄関脇の七畳の部屋を使う事になった。

 ジョンはその向かいの六畳の洋室で、そこから出さないという条件で例のフルーティア星の触手系番犬を飼育している。留守中に新聞の勧誘を断わったり、セールスを撃退したりなかなかの大活躍の様子だ。

 笹山は家主にふさわしく、南側のベランダのある八畳の部屋を使っていて、他の部屋に置いていた書籍類をこの部屋にまとめたため、若干手狭になった様子。頻繁に本が雪崩れて、ベッドが使えないからとユウの和室の布団に侵入しようとするのが唯一の問題だったが、笹山のベッドが使えない時は自分のベッドを提供するとジョンが言い出してからは本の雪崩は発生しなくなった。


 そんな感じで色々と微調整を繰り返し、共同生活は一か月を過ぎた所。

 チームで一緒に生活する事により、ようバグへの対応も臨機応変に出来るようになったし、バディマスコットたちの連携も取りやすくなり、今まで休みなしだった彼らも交代で有給を取ってバカンスに出る等の余裕を見せ始めた。

 だが、借金にまみれているポイラッテは留守番になる事が多い。


「熱海に行きたい、江ノ島に行きたい」


 だだっこのように畳の上にあおむけになったメルヘンカラーのハムスターは、両手両足をじたばたさせて、まるでひっくり返った亀のようだとユウは思った。


「旅行なんて連れて行かないぞ」

「えー。せっかく地球まで来てるのに観光が出来ないなんて」

「遊びに来てるわけじゃないだろ」

「出張でも、オフの日ぐらいは自由に観光できるじゃないか」

「だいたいなんだよその場所のチョイス」

「日本の新婚旅行スポットだよね?」


 ぽっと頬を赤らめるポイラッテを、ユウは氷点下の視線で見つめるが、ハムスターは全く意に介さない。


「さあな」


 そっけなくユウが返すと、頬袋を限界まで膨らませる。肩までもっふりするのでマッチョに見えなくもない。


「えー、旅行雑誌に書いてあったよ~」

「知らん」

「旅行に行かないなら、休みの日はどう過ごすのさ」

「睡眠」

「むぅ……もう少し甘やかしてくれてもいいのに。あんまり粗雑に扱うと出て行っちゃうぞ」

「せいせいする」

「……ユウのノートをネットの海に流す……」

「それはやめろ! というか返せ」


 うっかり「忍法:さしすせその術」をポイラッテに使ってしまっていたユウ。ノートを持って天井付近をふよふよ飛ぶハムスターを、なんとか叩き落そうとジャンプしていると、突然ユウの部屋の襖がスパーンと勢いよく開かれた。


「!?」


 驚いて振り向くと、ジョンがスイートハニーを腕に抱いて仁王立ち。プリン色のウサギに似たバディマスコットのハニーは、困ったような顔をしているが、元々の顔がそんな感じでもある。


「話は全部聞かせて貰っタ!」


 と、二時間ドラマの探偵か警察か、時代劇のラストバトル直前かのようなセリフを吐く。聞かれた話の内容がわからなくて、きょとんとした表情のユウから、彼は少し照れたように腕を組んだまま顔をそむける。


「新婚旅行のプランを決めるのはまだ早いと思うのデス。ワタシはユウの高校卒業まで待つつもりデス。行先はハワイのつもりデス」


 こっちも最悪だ。


 そもそもユウの部屋は襖仕切りなので、実はプライバシーがあまりなく、会話内容が駄々洩れな事に今更ながら気付く。昨夜は新作魔法の呪文をぶつぶつ言いながら考えていたので、それも聞かれていたかもしれないと思うとかなり恥ずかしい。

 そして今更ながら、鍵がかけられないため開け放題の侵入し放題なのだ。盗まれて困るようなものはないし、仲間たちがそんな事をするはずはないのだが、考えてみるとかなり嫌だ。おちおちエッチな本も開けない。持ってないけど。……いや、一冊だけあるけど。


 もう一人、リビングから歩み寄る男の姿。

 眼鏡をクイっと上げながら、笹山はパンフレットの束を扇のように広げて見せた。ポケットからは彼のバディマスコット、青いトカゲのセルジオの尻尾だけ出ている。寝てるらしい。


「自分だったら、ヨーロッパ周遊にするな。やはり歴史あるエリアをロマンチックに堪能するのは捨てがたい」


 こいつも最悪だ。


 そこに嬉しそうに赤い髪を揺らしてもう一人の少年が覗き込んで来る。列人れつとだ。彼はユウにとって心のオアシスとなる存在である。彼ならこんなバカげた話題に参加しないはず。赤いシマエナガが彼の頭の上にちょこんと乗っている。バディマスコットのアルフォンスだ。


「ユウと新婚旅行に行くんだったら、グアムに行きたい!」

「なんでだよ!!」


 思わず辞書のケースで擬態していた「ワールドFカップ うっふん金髪ギャルセクシーポーズ全集 袋とじ付き」を掴んで投げつけてしまった。貴重な一冊が、ユウの手元から失われた瞬間である。

 そこに突如、警報アラームが鳴り響く。

 妖バグがこのタイミングで出て来てくれた事に、ユウは不謹慎ながらも感謝してしまった。


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