第6話 戦慄の木曜日(後編)


 美女の長い金髪を風が煽る程度。時間が止まったような静寂を破ったのは、崩壊する瓦礫であった。長く風雨にさらされた建物は、わずかな振動、かすかな風ですらも崩壊のトリガーを引く。


 ハッと顔を上げた彼女の真上に、覆いかぶさるコンクリートの塊。続けて来た轟音と衝撃に反射的に仮面の下で硬く目を閉じた。

 が、重みは感じるとも痛みがなく、恐る恐る瞼を上げる。

 視界に入ったのは己のたわわな胸の谷間、そこに黒髪の少年が顔をうずめるように覆いかぶさっていたのだ。


 足元に上がる砂煙から、彼が自分を瓦礫から救ってくれたのだと知る。


 彼女こそ秘密結社”屍の惑星”の幹部、メロリーナその人であり、評議会の選定を受けた地球人を見分ける事が出来る能力の持ち主。ぴょこんと頭の左右から出ている触覚が、彼女が宇宙人であることをわかりやすく示す。

 普段は地球人に擬態していてその能力は行使できていないが、現在は元の能力を使える状態の姿である。つまりメロリーナは今、自分の上にいる少年が憎むべき評議会に選ばれた人物である事に気付いてしまったのだ。


 同時に胸に二つある心臓がリズミカルな十六ビートを刻む。男勝りの彼女は生来の女王様気質で男を踏みつけても組み敷かれた事等ない。そして彼女の母星であるフルーティア星系では胸の谷間に顔をうずめるという行為はプロポーズであり彼女の純潔を奪った事になるのである。「愛してる! 結婚してくれ!」という掛け声と共に抱き着いて来る男が無事に胸の谷間に収まれば、二人の婚姻は成立する。相手の男がつがいに相応しくないと判断するなら、女はいかなる手段をもってしても実力で回避しなければいけない。谷間を奪われるというのは、フルーティア星人にとってはつがいとなる伴侶の決定なのだ。


 倒すべき敵、しかし今しがた自分を救ってくれた英雄、己の純潔を奪った相手という混乱が思考力を奪う。

 顔を上げた少年は眼帯をしている。眼帯のインパクトが強くて、顔全体の造作に意識が向かないが、見える側の瞳は優しくメロリーナの無事を喜んでいる。明らかに年下の彼を見て、彼女は閉じられていた己の性癖の扉の存在に気付いた。


 年下萌え。


 今、その扉がバーンと音を立てて御開帳。


 これまで食指の動く異性に出会う事はなかった原因がこんな所にあったとは。フルーティア星人の結婚適齢期真っ盛りのメロリーナは、運命の残酷さと真実の愛の存在に翻弄され、少年を見つめ続けるしかない。


「大丈夫ですか?」


 優しい声だった。どこかで聞いた事があるような耳馴染の良い染み入る音程の心地よさ、助けてくれた彼が心配してくれた事に幸せゲージがMAXを突破し、全細胞オーディエンスの熱狂が最高潮に達し彼女は気絶した。


「あ、あれ!?」

 

 急にガクリと力をうしなった仮面の女を見て、ユウは慌てる。


「大丈夫、そのひとは気絶しただけみたい。怪我はないみたいだヨ。君は大丈夫かナ?」


 その声にユウが顔を上げると、ここに来る途中でぶつかったキャスケットを被った美少女が、ちょこんと首をかしげていた。


* * *


 三人は気絶した女性が寒そうだったので、隠れるために使っていたトイレットペーパーの入っていた段ボールを開いて彼女の下に敷き、余った部分を上にかぶせておいた。若干ホームレス感が出てしまったが致し方あるまい。

 なお段ボールの断熱性能は優秀で、地面にそのまま体を横たえると体温が奪われ凍死の可能性が高まるが、一枚の段ボールを敷くだけでそのリスクは大きく軽減される。

 百パーセント自然素材、リサイクル可能という無限の可能性を持つ梱包材、それが段ボールだ。今は地球の敵とも言える宇宙人をも優しく包み込む。なんという懐の深さ。神の慈愛と言っていいだろう、紙だけに。


 敵の幹部を叩く絶好の機会であったかもしれない。


 だがアルフォンスが倒れ、烈人れつとの体調が悪そうだったので、ここで結社と戦うのは得策ではないとその場から離れる事を優先したのだ。甘い、と言われればそれまでだが、気絶した人物をどうこうするという気持ちには誰もなれなかったのである。


 日が暮れてしまったため、ユウも烈人れつとも帰宅しなければならない。その前にこの金髪の美少女が当たり前のようについて来る事が気になった。


「えっとぉ、君は誰?」


 駅前の公園まで来たところで、烈人が頭をポリポリとかきながら彼女に向けて恐る恐る声をかける。


「アルフォンスに呼ばれたから来たんだヨ」

「え?」


 ユウが間抜けな声を思わず出してしまうと、膝上に抱えたタオルの上で赤いシマエナガが身じろぎをした。


「緊急事態だったからイエローを招集したのだ」

「イエローって二十四歳、男性の料理人って言ってなかったっけ?」

「二十四歳、男だヨ?」


 きょとん、と首をかしげる天使のような美少女……もとい男性。

 ユウの中で芽生えたばかりの初恋の双葉がマッハで枯れる。初恋が叶う確率はおおよそ二割だというから、ユウは残りの八割に該当したらしい。


「ワタシはジョン・スミス! マジカルヒーローズ回復担当のイエロー。よろしくね」


 彼はニコリと天使の微笑みと首をかしげる仕草で、偽名みたいな名前を名乗った。


「スミスさん、これからよろしくお願いします……」


 しょんぼりとうつむきがちにユウは、ふと結社に何かされて具合を悪くしている烈人れつととアルフォンスの事が気になった。


「あの、二人の具合が悪そうなのだけど、回復ってできる……ますか?」

「できるヨ、診せてみて?」


 タオルごとアルフォンスを差し出すと、手の上に乗せただけでジョンは原因がわかったようだ。アルフォンスはビクッと身じろぎをしたかと思うと、慌てて飛んで烈人れつとの肩にとまった。


「これ食べ過ぎネ。レッドもそうだヨ」

「はぁ!? 食べ過ぎって」

「メロンが……」


 烈人れつとがばつが悪そうに目をそらし、鼻の上をポリポリかく。


「歌の練習をしてたら、試供品を配ってるからって細身のスーツの男が来て、メロンをくれたんだ」

「メロン……?」

「カットされたそれに、生ハムが乗っていたんだ」

「生ハム……?」

「お金持ちの食べ物じゃん? いくら食べてもいいって言うから、ついたくさん食べ過ぎて……お腹いっぱいになったら眠くなってそれから記憶がないんだ」

「アルフォンスも?」

「う、うむ」


 ユウがどんどんジト目になっていくのを二人は感じたようで、目を逸らしたままだ。思い起こせばユウも、アルフォンスのセリフに思い当たる事があった。暇な人は第四話のアルフォンスのセリフをチェックしてみよう(親切なリンク:https://kakuyomu.jp/works/16816927860879274317/episodes/16816927862296672550)!


 そんなこんなでマジカルヒーローは三人目の仲間との合流を果たしたのである。


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