第4話 契約


「……なぜ、なぜ、それがここに!」


 彼の上半身には血が通ってない、というレベルで血の気が引いた。迂闊にゴミに出して近所のゴミチェックおばさんや母に見つかるわけにもいかず、野外で焚火をする事もできず、やむなく人気ひとけのないこの丘の森に埋めて葬ったはずの彼の過去の残滓ざんし

 湧き出るように思いついた封印の術(創作)と目くらましの色々も施したはず……!


 ユウの怯えにも似た震える声を意に介さず、ポイラッテは熱のこもった解説をはじめた。


「妖バグと戦うのに必要なのは、愛と勇気と夢と情熱だ。これを見つけた時の僕の胸は高鳴ったよ。そのすべてがここにあったからね」


 低い声に更に力がこもる。


「二年だ」

「二年?」

「二年待った。この書をしたためた勇者が再び、ここを訪れるのを」


 ユウは過去を封印したあと、一度もこの場所を訪れていなかった。


「二年の間に、破壊と恐怖による社会の支配が進んでしまった。まったくもって無念でならない」


 ちらりとつぶらな瞳が責めるようにユウを一瞥する。そのような事を言われても今更仕方がないが、チリっと罪悪感は胸を焼く。

 そして過去のが妄想ではなく、真実だったとしたら(前世は関係なさそうだけども)。

 自分には秘められた力があり、実際に戦う力があるのなら。


 だが妄想や想像では無敵だった自分も、テレビ映像で間接的に見ても恐怖を覚える巨大な虫の暴れる姿を考えると、本当に戦えるのかという不安がじわりと湧き上がり、背中を嫌な汗が伝う。戦う力があると言われても、実際に戦うとなると話は別だ。

 自分に力があるとしても、実際に戦うとなれば怯んでしまう弱虫なのだ……。クラスメイトの失笑を買ったあの日よりも、今の話の方が胃を締めあげて来る。


――怖い……あのバケモノと戦うなんて。同級生と殴り合いのケンカをした事すらないのに。


「フッ、虫も殺した事がないという顔だな」

「ゴキブリや蚊ぐらいなら余裕である」

「ならやれるだろう。体のサイズが違っても魂のサイズは一緒だ」

「や、そういう問題!? 魂のサイズってなんだよ!」

「 約一・五センチメートル?」

「一寸の虫にも五分の魂ってそう意味じゃないと思うぞ!?」


 メルヘンな巨大ハムスターは、すっと目を細めたようだが、それが何を意味するのかはわからなかった。


「戦えない……という事かな?」

「う……」


 妖バグを倒せるなら、という気持ちはある。最近は人的被害が減ったものの、住まいを失い財産を無くした人々の嘆きは連日ニュースをにぎわす。明日は我が身であろうという頻度でもあり、実際このまま悪化すれば学校に通うという日常も失われるであろう。


――人類はヒーローを欲している。


 一度、笑われただけで自分は逃げ出した。そして今日まで逃げ続け、これからもずっと背を向けるつもりであった。

 だけどあの時の自分は間違いなく勇者で、秘められた力を持つヒーローだったはずだ。信じていたそれが、今、頷くだけで現実になる。

 このチャンスから逃げ出してはいけないのでは? という思いが去来して心臓の鼓動を激しくする。


 ユウ。


 その名は漢字で”夢が有る”と書く。

 名の意味するものに従うべきなのかもしれない。


 少年の瞳の輝きが変化したことを察したポイラッテは、スイっと空中を移動してユウの間近に寄ると、とっておきの一言を発した。


「僕とキスして、婚約者になってくれたら契約完了だ!」


 ユウは間髪入れず、謎生物の脳天に唐竹割りもかくやの鋭さで手刀を叩き込んだ。


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