第3話 封印されたもの


「力って何だよ……」


 絞り出すように発したユウの言葉に、謎の生物は僅かに目を細め、それが邪悪で思わずゾッとする。先ほど上がった血圧が一気に下がったようだ。


「妖バグと戦う力」


 これ以上なく簡潔に、だが力強く謎生物は言った。

 兵器すら効かぬモンスター、世界を震撼させる脅威。


――あれと戦う力だって!?


「ヒーローになれる力と言った方がいいかな」


 ユウの反応に手ごたえを得たのか、メルヘンふわふわハムスター風天使はくるりと体の向きを変えて背を向ける。


「僕たちは妖バグと戦うために地球に来た」

「う、宇宙人……?」

「君達から見ればそうだね。そして妖バグの発生も……秘密結社”屍の惑星”の事は聞いた事があるかね?」

「しかばね……何だそれ」


 ふぅ、という溜息が謎生物から漏れた。そこから説明しなければならないのかという呆れが滲み出していて、ユウは鼻白む。知らないものは知らないのだ。


「銀河系の惑星分布の割合や配置は、評議会が決めているのだ。地球は本来であれば虫の惑星になるはずだった」

「まさか妖バグこそが、地球の支配者だと……?」

「そう考えるのが結社の連中だ。評議会としては、予定外に繁栄した生物や文明も、自然の摂理に従いそのまま維持するという考えだ。しかし、彼らは違う」


 謎生物は再びユウに向き直ると、つぶらな黒い瞳に真剣な光を湛える。


「そして地球の事は地球人に守らせるべきだと判断したのだ。才能のある者に戦う力を与え、結社と戦わせようと」

「それが……俺……!?」


 ハムスターもどきは演技に見えるほど大げさに頷く。そしてまるでさだめられた台詞を読み上げるように淡々と、悪く言えば思いっきり棒読みで語り始めた。


「僕たちはそのために地球に派遣された。名をポイラッテという。君が力を欲するというなら与え、そしてこれからをサポートしよう」


 台詞に熱を込めるように、どんどん羽根の動きが高速化して、とても気持ち悪い。虫みたい。ブブブブブって。


「俺に、妖バグと戦う力をくれるというのか」

「力は君自身のものだ。僕はそれを引き出す方法を知っている。そしてその力は敵を打ち倒すだろう」


 少年は逡巡する。

 昔、こういうシチュエーションにあこがれた事がある。


 あれは中学生の頃。

 ベランダから月を見ていて、ふと思ったのだ。


――この月光が、俺に力をくれている……?


 右手を握りしめると、いつもより力が増しているような気がした。

 そのままベッドに潜り込むと左膝にするどい痛みが走る。「前世で受けた傷は、現世にも影響するのか?」、等と独り言を口走ってしまったが、実際はその日の体育のランニングのせいだったりする。


――自分には前世から伝わる秘められた力がある。


 それは自信となりやがて心の糧になる。

 そしてこの力がある事が、周囲にバレてはいけないとも思った。


「人というものは、自分にない力を恐れるものだからな」


 最近、前世を思い出しているような気がする。もしかすると、魔王の復活が近いのかもしれない。妖バグも実は魔王の仕業なのかも。

 こんなふうに毎夜、想像がどんどん連鎖して膨らむ。

 しかしながら力が戻っていない今、己の存在が知られれば……クラスメイトも巻きこんでしまうし、現在は護れる力はない。

 手の甲にもしかしたら紋章が突然浮き上がってしまうかもしれないと思い立ち、もしもに備えて包帯を巻いて隠した。


 日々巻かれ続ける包帯に、クラスメイトの一人が心配そうに声をかけて来た日。


「多田、それ怪我なの? 随分長いよな」


 そこで素直に「そうだ」と答えるべきだったのに。何故かユウはその時、己の力を誇示したくなってしまい……。

 突然「俺から離れろ! くっ、力が暴走する……! まだ早い」と叫びながら右手を抑え……。



 ここまで思い出したユウは頭を抱えてしゃがみ込んだ。怪訝そうにメルヘンカラーのハムスターが問いかける。


「どうした?」

「俺に、力があるというのは本当か」


 頭を抱えたまましゃがみ込み続ける少年に、ファンシーなげっ歯類は再び頷く。


「多田ユウ。確かに君には力がある」

「!? なぜ俺の名前を」


 無言で謎の生物は口を開いて頬袋に手をつっこみ、一冊のノートを取り出し、彼の前に差し出した。


 ノートの表紙には「開く事を禁ズ!この書は禁断の我が前世の記憶をすべて記録したものである。開いた者は千年の業火に身を焼き続けられる呪いがかかる」と黒いマジックで書かれ、怪しげな歪んだ魔方陣が中央に描かれている。

 元々は理科のノートだったらしいそれには、”一年B組多田ユウ”と大きく書かれていた。


 ポイラッテの手にあるのは、二年前に彼がこの丘に封印した黒歴史ノートであったという。


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