ストーキングのズレ

 金髪の天使はカフェの上空で腕時計と雲の流れを確認し、変化した時間にマリアは上手く順応しているが、数秒の狂いで恋は破綻する危険性があった。


『マリアの恋に藤倉秀太が気付けば、ターゲットはカフェのマスターからケンジになり、マリアとの恋はぶち壊しだ』


 桜台公園付近のマンションへ舞い降りた天使は三階のベランダから、カーテンの閉め切られた室内に侵入し、壁一面に貼られたマリアの盗撮写真を順番に眺め、一眼レフカメラをチェックしている藤倉秀太を横目でチラッと見る。


 東海大学湘南キャンパスを歩くマリア、教室で学生仲間と談笑するマリア、食堂で学食を食べるマリア、ゼミでのマリアの真剣な顔、駅のホームで電車を待つマリア、車内の座席に座ったマリア、藤が丘の教会の前に立つマリア。そして最後にカフェ内をウインドー越しに撮った写真が破られ、マスターの写った破片は数本のピンが刺してある。


 藤倉秀太はカフェで楽しそうに働くマリアを盗み見て、マスターを好きなのかと嫉妬し、徐々にマリアの生活圏に接近して恐怖を与えるつもりだった。


『恋の力を持つ者が時を好転させ、破滅欲望のある人間が時を壊すか?』


 東海大学を休学したマリアが警察にストーカー被害を届け、両親からも厳重注意を受けた秀太は抑制していた凶暴性を解放し、地獄の計画を実行する事を決意した。


 一週間前に横須賀の実家から青葉台に引っ越し、藤が丘の教会とカフェ「Maybe」を偵察し、ゲームを楽しむようにマリアに執拗に付き纏っている。


 一年前に大学のゼミでマリアと知り合い、最初は先輩として普通に接していたが、マリアの優しさと純粋さに惹かれ、愛に狂ってストーカー行為を繰り返す。


 天使は藤倉秀太がグレーのパーカーを着てヤンキースのキャップを被り、リュックを背負って玄関を出るのを見送ると、薄暗い室内へゆっくりと戻り、窓のカーテンを右手にエネルギーを込めて開き、階段を駆け降りた秀太が一階に住む老夫婦と仲良く話すのを窓から眺めた。


『あの老夫婦が事故を起こす運命は変わらないが、ストーキングの時間は少しズレないと困るんだ』


 マンションを見上げた藤倉秀太が三階の窓のカーテンが開いている事に気付き、老夫婦に「すいません。忘れ物をしたので失礼します」と頭を下げてカーテンを閉めに戻り、この数分間の違いでマリアがカフェを出て駅に向かうのを目撃せず、時空の歪みは生じず時は守られる。


 老夫婦はマンションの駐車場で車に乗り、通りへ出て走行車と衝突しそうになったが、猛スピードで走り去った。翼を広げてベランダから空へ舞い上った天使がそれを見て苦笑し、賢士とマリアがめぐり逢うポイントへ向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る