恋のミッション

 天使がウインドーから去り、マリアは柑橘系の香りが消失して店内の色彩が和らぐのを感じたが、論議に夢中で天使の存在など忘れて貴子を批判する。


「貴子さん、生意気ですが論点がずれています。これは単なる恋の審査であって、中世の魔女狩りでも女神を見つける事でもない。皆さま立派な女性たちで、ファンタジーを夢見る年頃には見えませんけどね」


「マリアさんは知性もあり、ロジカルな発言をする。でも勘違いなさらないで、審査ポイントに女神の項目がありますのよ。もちろん私たちは恋を夢見る少女ではなく、大人の恋を考察している」


 マリアと貴子の視線が衝突して火花が散り、マスターが慌ててウォーターポットを持って割って入り、貴子とテーブル席の女性たちを見て発言する。


「それはケンジくんの冬の哀しみ?」


 カウンター席に立つ怜奈が鼻を啜って頷き、テーブル席に座る女性たちも瞳を潤ませ、貴子が声のトーンを落として「さすがマスター」と微笑んでマリアに真意を伝えた。


「マリアさん、敵意を感じたならごめんなさい。私たちの願いは二人の恋が一年以上続く事なのです。永遠の恋とは言わない。冬に終わる恋の哀しみから、ケンジを救う女性が現れて欲しい」


「それが女神の意味合いであり、八人目の女性に託す恋のミッション?」


 マリアも硬い表情を崩し、賢士が一年に一回恋をして、冬に別れるライフワークを七年も続けている事を不思議に思う。


「原因は不明なのですか?恋と別れが四季に合わせてパターン化しているなんて考えられない」


「ええ、ケンジは冬の訪れと共に体も心も哀しみに包まれ、死神に憑かれて死を宣告されたようにクリスマスイブに病的に落ち込みます。原因は不明ですが、私たちは恋の女神しかケンジを救えないと信じているの」


 貴子の真の迫った発言に、弓子、彩乃、亜美、夏子、京子、怜奈がマリアに真剣な表情で考え込み、メモに評価ポイントを記入する。


・最終項目:恋の女神(賢士を冬の哀しみから救う女性と思えるか?)最高10ポイント。


 七人全員が8〜9の高得点を付け、ウォーターポットを持ってテーブル席のコップに水を注いで回るマスターはマリアが恋の審査をクリアすると確信した。


「マスター、私、女神の項目10ポイント付けました」と怜奈がカウンター席に戻ったマスターに囁き、マリアは椅子に腰掛けたてリラックスしたが、一年間の恋でさえ羨ましく、審査員として集まった女性たちには悪いが、三日間で恋物語が終わる事は決まっている。


『ごめんなさい。でも私はタイムリミットまで最大限の力を発揮して、恋のミッションを遂行すると誓います』

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る