審査員の権利

「マスター、大丈夫ですか?」

「ええ、マリアさん。僕はコーヒーを淹れますから、お客様をテーブル席へ案内してください」

「わかりました。そちらへどうぞ」


 マリアは表情を強張こわばらせて、ウィンドー側のテーブル席に七人の女性を座らせ、放心状態の悠太を気遣ってカウンター内へ入ろうとしたが、テーブル席で足を組む山崎貴子に指示される。


「貴方はカウンター席にお座りください。自己紹介をしてから、此処に来た目的を説明します」


「つまり、私なのですね?恨みを買った覚えはないのですが、受けて立ちましょう」


 マリアがうさぎのエプロンを外し、クルッと回ってカウンター席に腰掛け、カップの擦れる音が背後から聴こえて、ドアにクローズの札を掛けたまま30分程早いオープンを迎えた。


 貴子はマリアの挑戦的な態度に微笑み、隣の黒ジャケットにベージュパンツの眼鏡美女へ視線を送り、端から順番に自己紹介が始まった。


「荒井弓子、26歳。ケンジの2番目の彼女です」

「宮沢彩乃、26歳。3番目です」

「中田亜美、25歳。4番目だ」

「浅川夏子、24歳。5番目です」

「井上京子、23歳。6番目」

「早坂玲奈、18歳。去年の彼女でした」


 溝端賢士と付き合った女性が年代順に並び、恋愛映画の女優が一同に介した迫力があり、マリアは賢士が春に恋をして冬に別れる事は知っていたが、心の中で『偉業』と感嘆した。


「ケンジさんという方は神的にモテるのですね?」


 マリアが皮肉を込めて呟くと、「ジーケンですから」と悠太が答え、観察していた貴子が同志の匂いを嗅ぎ取った。


「マスターも自己紹介を願いできますか?高校の同級生だった事は知ってます。もしかして、ケンジに好意を持っていたのではないですか?」


「えっ、ああ……」


 突然の指名に動揺した悠太は高校時代の賢士への淡い想い出が脳裏に蘇り、強烈な恋心が胸に湧き上がって告白した。


「鈴木悠太、24歳。高校の頃、ケンジくんが好きでした。でも恋人になれず、みなさんが羨ましい……」


 言い終えてから「ええ〜?」と驚き、慌てて口を両手で口を押さえて首を振り、その仕草が女性っぽく可愛く見えて、貴子を始め他の女性たちも悠太のカミングアウトを歓迎した。


「マスターにも審査員の権利を与えませんか?」


「賛成です。ケンジに恋した者に性の分け隔ては無いと思います」


「そうね。同性だって好きになるわよ」


 弓子と彩乃が発言して全員が右手を挙げて賛成し、女性たちの審査員に鈴木悠太も加わり、マリアが賢士の恋人として相応しいか、『恋の審査』がスタートした。

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