第二章・one day マリアの目覚め

 4月9日木曜日06:20。マリアは二階の部屋のベッドから腕を伸ばして目覚まし時計を止め、デジタル表示の日付を二度見してから、頬を両手で叩いて深呼吸をし、カーテンと窓を開けて朝陽を浴び、屋根の上を飛び交う雀の鳴き声に耳を傾けて微笑んだ。


『夢ではなかったのね?』


 悪夢と既視感が入り混じり、目を細めて通りを挟んだ数件先にある教会の屋根の十字架を眺めて、天使が告げた三日間の時間がスタートしたと実感する。


『魂のタイムスリップ』


 マリアは爆発の衝撃で霊魂が過去へ飛ばされたと考えれば、現実味があると戸惑う心に言い聞かせた。カフェの悲惨な事故で死に、幽霊になって賢士とめぐり逢い、教会の聖堂が爆破されて異次元のゾーンに迷い込み、天使と約束して三日間限定の復活を許された。


『記憶を受け入れて、時間を楽しもう』


 あの日と同時刻にベッドから起き出し、朝の新鮮な空気を吸い込み、部屋を出て階段を降りて足早にキッチンへ向かう。


『目玉焼きの焦げた匂い……』


 ドアを開けて、朝食の準備をする父の姿を見たマリアは「おはよう」と声を掛けたが目頭は熱くなり、振り返った父がマリアの涙目の笑顔を見て苦笑いした。


「おはようマリア。不味そうな朝食を嘆いているのか?」


「いえ、早起きして料理を作っている父に感激してたのです」


「少しくらい料理も作れないとね」


 母はマリアが小学生の頃に亡くなり、祖母とマリアが料理を担当していたが、祖母が数ヶ月前に亡くなって父はマリアを気遣っている。


「今日もカフェに行くのか?」

「はい。とても楽しみです。良い事がある気がしますわ」


 父はストーカーに追われて大学を休んでいる事を心配している。しかしマリアは教会の爆発の時間と重ね合わせて、元気な父の姿を見て安堵した。


『喜びと悲しみの交錯する時を過ごすのか?』


 マリアは霧の漂う夜の海を小さなボートで漕ぎ出し、黒い壁となって眼前に現れた高波に絶望感を味わう。


『魂は復活の歓びを感じているが、心は結末の恐怖に怯えている……』

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