復活の条件
床には賢士とマリアの肉体が呪縛されたように眠り、天使はマリアの魂に選択肢を与えて覚悟が必要だと説いている。 唇の感触に頬を上気させ、うっとりとした表情でマリアが目を開けると、賢士の瞼が膨らんで目に青い涙がブクブクと溢れ、目尻の左右に流れて宙に浮き、二つの球体が天井の天使へ吸い寄せられてゆく。
『青いビー玉が空に弾かれたみたい』
寄り目にして必死に賢士を起こそうとするが、静寂の世界で眠っているのか、微かな息遣いは感じたが濡れた瞼を閉じて微動だにしない。
『天使のアイテムを返してもらう』
青いビー玉は天使の顔の前で止まり、コンタクトみたいに両目に装着して、青い瞳を輝かせてマリアに微笑みかけた。
『その瞳でケンジは私が見えたのですね?』
『それにしても、人間にしては才能がある。霊体に触れて心を通わせ、靴を履かせるなんて感動的だったよ』
『ジーケンと呼ばれていますからね』
マリアは賢士を侮らないでと心の中で微笑み、少し余裕を持って状況を分析し、天使は賢士に力を貸したくせに、何故か自分だけに接見していると疑惑を持つ。
『もしかして、ケンジは貴方の目を借りた事も知らずに眠っているのですか?私にしか話したくないみたいですね』
天使は背中の白い翼を閉じて柱の梁に腰掛け、左腕のクラシックウォッチ・ブレゲの秒針が止まっている事を確認し、真剣な表情でマリアに告げた。
『これは死者との決め事であり、溝端賢士には秘密の復活の儀式である。ある者に三日間の時間を与えて欲しいと懇願され、マリアとケンジは試練を乗り越えて復活を許された。天使になって数百年のキャリアになるが、過去へ時間をリセットするのは初めてだ』
マリアは『マスターだ』と叫び、優しい笑顔が心の中に浮かび、暖かい光に包まれて凍り付いた肉体が溶け出し、心臓がチクタクと時計の音に合わせて動き出すのを感じた。
『過去へ戻れるのですね?』
それなら鈴木悠太も生きている、とマリアは胸をときめかせ、幽霊なのに体が火照ってきて、目に溢れた涙が蒸発して飛び散り、魂がフワッと抜け出して十字架キッスをした横に佇み、天使を見上げて胸の前で両手を握りしめた。
『規約に同意すれば復活が実行されるが、同意しなければ時の壁は消え、爆破された状態から時が進む。答えは明白かと思われるが、神との誓約なのでよく考えてYESかNOかで答えてくれ』
「わかりました。神聖な儀式なのですね」
マリアは希望と期待を胸に仕舞い込み、唇を固く結んで天使の問いに耳を澄ます。
「過去へ戻るのはマリアの魂であって、溝端賢士も鈴木悠太もその時を生きているが、マリアは天使と話した事を含めて、すべてを秘密にしなければならない。これに同意するか?」
「YES。すべてを秘密にします」
マリアは自分の霊魂が時を超えて、過去からリスタートするとイメージしてポジティブに捉えた。
「それでは三日間限定の復活であるが、マリアよ、新しい恋物語を作って人生を楽しんでくれ。但し、誓約を破れば残り時間は没収され、即刻、此処に引き戻される」
「ゲームオーバーですね」
マリアは同意しなければ時の壁は消え、自分と賢士は聖堂の床に吹き飛ばされて死んでいると確信した。そして天使に告げられた言葉に、新約聖書の有名な記述を思い出す。
「死の運命は変えられず、天使が時を見守っている事を忘れるな。これは私との血の契約である……」
「まるで最後の晩餐ですね?」
[キリストはパンをとり、「これはあなたがたのために渡される私のからだである」と言い、またぶどう酒の入った杯をとり、「これは私の血の杯、あなたがたのために流される新しい契約の血である」と言って、「これを私の記念として行いなさい。」と弟子たちに命令した。]
マリアが時の壁の向こうにパン屑と血の煙が渦巻くのを見て顔を顰めると、天使は三本の指を立てて微笑み、最後に掠れた声でこう呟いた。
『Give love for three days』
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