幽霊の靴

 賢士はマリアの話を聞き、『カフェで悠太と一緒に亡くなったか?』と冷静に分析し、ポケットからiPhoneを取り出して妙子に『行けそうもない』とLINEした。


 幼い頃に不思議な体験をしてから、霊視、霊力、ポルターガイスト、幽体離脱、タイムリープ、それに翼を持つ者にも慣れていたが、これ程リアルに幽体とコンタクトした事は皆無である。


 坂道を走りながら、翼を持つ者が飛び去った夜空を見上げ、『天使の仕業か?』と顔を顰め、手で目を擦ると青い光が線を引いて宙に流れ、青い瞳の幻惑でマリアが見え、触れた手に霊エネルギーが残っていると感じた。


 それを裏付けるようにマリアは激坂を軽快なフォームで頂上まで登りきり、猛スピードで下って行く。


 賢士は『オリンピック選手か?』と呆れ、坂道を全力でダッシュして頂上に立って肩で息をして見下ろすと、マリアは高飛び選手のような大胆なフォームで坂を下り、途中で靴が脱げて宙に舞い上げるのも気にせず路地を曲がって消えた。


 賢士はペースを落として下り、道路脇の暗がりに転がる左右の靴を拾って両手に持ち、一瞬、靴が青白く輝くのを瞳に映し、逃走したマリアを探してゆっくりと走り出す。


『裸足の幽霊に恋をしたか?』


 春の夜の朧月おぼろづきが街を彷徨う賢士を淡い光で照らし出し、ショップのウインドーに全身を映すが両手に持つ靴は透明で見えない。


 混み合ったメイン通りを賢士が両手を掲げてすれ違い、軽くステップを踏んで二、三度回転しながら付近を見渡し、反対側の歩道にダークグレーのスーツを着た男性と、黒いベールの帽子を被った女性が献花を持って門の中へ入って行くのを見つけて立ち止まる。


 賢士は車を遮って通りを横切り、門の前へまで走り寄って葬儀のお知らせを見て、マリアが鐘の音を聴いて消え去った事を理解した。


「葬儀が始まる時間だったのか?」


 花飾りの横に黒い文字で【安野麻里子永眠】と書かれ、門の奥には教会の建物が厳かに佇み、遅れた数人の参列者が玄関の扉を開けて入って行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る