負のバイオリズム

「私たちは遠い親戚で、私は賢士の母親が経営するブティックで働いているでしょ。子供の頃は正月に溝端家に行って、賢士と遊ぶのが一番の楽しみだった。でも、ある年のクリスマスに賢士は入院し、それから親戚の集まりはなくなった……」


 輝は妙子の話を聴きながら、賢士が小学校三年生の時に転校して来て、冬になると学校を長期で休んでいた事を思い出す。


「上級生になると病欠は減ったが。ケンジは今でも冬になると元気をなくす」


「お見舞い行きたいと、泣きながら頼んだけど叶わず。賢士の両親が離婚した事と、パニック症候群で賢士が危険な状態だと、父と母が話しているのを盗み聞きした」


 妙子は幼い頃の印象的なシーンから、数ヶ月前に賢士の美しい母親がシャンパングラスを傾けて「私は賢士に嫌われてるから、妙子ちゃん、あの子を助けてあげてね」と、頼まれた事を思い浮かべて話を続けた。


「アパレル業界のパーティの席で、賢士の母親にあの時何かあったのかと質問すると、賢士は幼い頃に死の恐怖を味わい、冬になるとその恐怖で心も体も生きる活力を失う、と教えてくれた……」


 テーブルの空いたグラスを店員が片付け、シーザーサラダ、チーズの盛り合わせ、ワイングラスが置かれ、二杯目の地ビールを飲む輝に赤ワインで唇を濡らした妙子が告げる。


「ケンジはこの負のバイオリズが影響して、冬が訪れると別れる『恋のライフワーク』を演じているんだ」


 妙子は賢士の母親に頼まれなくても『ケンジを守ってあげたい』とずっと想い、輝は親友とし賢士を守ると決意したが、悠太がセレモニーホールで予想したように、「行けそうもない」と賢士からメッセージが送信された。


 この時、溝端賢士は轍屋わだちやという自転車店の前でマリアに声を掛けられて自己紹介し、誘われるように『死』と隣り合わせの『復活』の地点へ向かったのである。

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