マリアの涙

 マリアは後方の席から祭壇の遺影写真を見て、悲しみがこみ上げて涙が止まらなくなり、俯いたまま泣き崩れて、激しい雨に打たれたように顔を濡らし、膝に折りたたんだエプロンを手にして頬を拭う。


 カフェに車が衝突して悠太が亡くなったのは自分が不幸を呼び込んだと嘆き、『ごめんなさい』と呟いて、カウンターでコーヒを淹れるマスターの優しい笑顔を涙に浮かべる。


 その時、斜め前の席から視線を感じて『えっ?』と驚き、数秒その男性と見つめ合い、青い瞳で裸の幽霊が覗かれたみたいに『見えるの?』と両手で胸を抱えて背を向けた。


 賢士は激しい涙を流す女性に『葬式とはいえ、そこまで号泣する想いは何?』と視線を向けたが、輝に「ケンジ」と焼香を促されて立ち上がる。


 マリアはその呼び声を聴いて、自分を見ていた男性がマスターが話していた高校の同級生だと気付く。


『溝端賢士。いつか私に紹介したいと、休憩時間になると大好きな人を想像し、ミルクと砂糖をコーヒーカップに入れて、懐かしい時間をスプーンでゆっくり掻き混ぜた』


 マリアは立ち上がって遺影写真に『マスター、甘党だったね』と涙目で微笑みかけ、安らかな眠りを祈って会場を後にした。


 賢士は焼香の列で振り返り、祭壇へお辞儀をして胸の前で十字を切る女性の美しい動作に導かれ、焼香を終えて席に戻った輝と妙子が気付く。


「ケンジ、焼香もせずに消えた」

「まさか、逃げたのか?」


 輝と妙子は会場を見渡して席を立ち、慌てて出て行った賢士を追う。その光景を悠太は天使と一緒に祭壇の奥から眺め、高鳴る胸の鼓動を聴きながら物陰から出た。


「ブルーの瞳で、マリアが見えたのですね?」

「ああ、これ預かってくれる?見てくるから」

「あっ、はい。僕も行きます」


 天使は悠太に四角い革鞄を渡して、ゆらゆらと焼香の煙が立ち込める中をすり抜けて行き、鞄持ちになった悠太が読経と木魚の音の響きを背中にして進む。

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