悲惨な事故

「マスター。明日、イースターだって知ってました?」

「えーと、渋谷で仮装する」

「いえ、それはハロウィンです。イースターはキリストが復活したことを祝うお祭りで、クリスマスみたいにご馳走を作って食べるの」


 悠太はマリアの指示でウインドーにカラフルなタマゴとうさぎの飾り付けをし、マリアは昨夜仕込んだ卵とバターを練りこんだドーナツを揚げて客が見込める理由を説明した。


「私の父は藤が丘の教会て神父で、知り合いにはドーナツ好きか多いから、今日と明日は忙しくなりますよ」

「宣伝してくれたのか?」

「はい」


 マリアの予言は的中し、カフェ「Maybe」をオープンさせるとすぐに客が入り始め、ランチの頃には満席になってドーナツも売り切れた。


 しかし悲劇は午後、轟音と共に津波の如く押し寄せた。客足も落ち着き、一息ついた頃である。テーブルを拭くマリアが顔を上げ、歩道を乗り上げて走る車に気付き、「逃げてー」と叫んで客と悠太を端へ押しやるが、ウインドーに激突してガラスが飛び散り、タマゴとうさぎの飾り付けを踏み潰した車は店内へ猛スピードで侵入した。


 テーブルと椅子は破壊され、客は壁側に座り込み、ガラスの破片が散らばる床を悠太が這って、ボンネットに撥ね飛ばされたマリアに近寄る。


「マリア……」


 悠太は朦朧とする頭を振り、意識を失ってぐったりと倒れ込むマリアを抱き抱えたが、息をしてない事に気付き、心臓マッサージをして生き返らせようとした。


 ガラス片の刺さった頬に血の涙が流れ、床に垂れた髪に血溜まりが染み渡って濡れている。それでも悠太は必死にマリアの左胸を押し、ふと……横に血だらけの死体が転がっているのを見て、唖然として手を止めた。


『僕も死んだのか……』


 茫然と立ち上がり、マリアと自分の死体を眺めて、どうしようもない無力感に膝から崩れ落ち、『何故だ?なぜマリアまで死なせた?』と両手を握り締めて祈るように叫んだが、誰一人として聴こえる者はいない。


 足元には壊れたタマゴとうさぎの飾り付けが虚しく転がり、通りに救急車とパトカーのサイレンが鳴り響くと、半壊したカフェに救急隊員と警察官が足を踏み入れ、怪我をした客が救出され、自分とマリアの死体は担架で救急車に運ばれて行く。


 ウインドーに突っ込んた車は罠に挟まった巨大な鰐のように、潰れたボンネットを開けて生き絶え、車内に老夫婦が血塗れになって死んでいる。


 悠太は霊体として、神はなんて理不尽なのだと、コーヒーの黒い液体が流れるカウンターの前で、悲惨な事故現場を呆然と眺めるしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る