第6話 美容室にて
美容室に到着し、店内に入るとまず驚きが俺の思考を支配した。
今までは安い千円カットで済ませていた俺からしてみれば、別世界と言っても過言ではないほど設備が整っているのがわかる。
勤務している美容師さんは、誰も彼もがお洒落な髪型や服装で、前までの俺なら絶対に来ようとすら思わなかった場所だろう。
そもそもカットだけでも今までの五倍近い値段だから、来たいと思っても無理だったわけだが、それを気にするのは悲しいのでやめておく。
中に入ってすぐ、複数の視線が突き刺さっている感覚を強く察知する。
これまで視線なんてほとんど向けられたことのない俺が敏感に察知できるほどの強い視線の数々。
女性は男性から胸や尻などを見られた時の視線が100%わかるというが、それは美男美女の顔にも適用すると聞いたことがある。
自分で言うのもなんだが、今の俺の顔は超級のイケメンフェイスだ。
例え無造作に伸びたイケてない髪型だろうと、それは隠すことができないのか、店にいる女性の中で、俺を見ることができる位置にいる全員が俺の顔面を見ていることがわかる。
先程まではそれなりに話し声がちらほら聞こえていた店内が静寂に包まれてすらいるといえば、この事態の異常さが伝わるだろうか。
とにかく俺が入店してから明らかに空気が変わったのだ。
女性の胸云々の話を聞いた時、気づいた時しか計算してないんだから100%わかるに決まってんだろアホかと思っていたがそれは間違いだった。
現に、目で確認しなくとも複数の視線がこちらに集まっているのが嫌でもわかるからな。
きっと今までの俺も、胸が大きい女性や美女に対しては無意識のうちに視線を送っていたのだろうから他人を悪くいうことはできない。
それにまだこのイケメンフェイスが自分であると完璧に認識できていないためか、他人事のようにも思えてしまう。
イケメンがいりゃ視線なんて集まるよな。くらいの感覚である。
故に、特に視線を気にすることもなく、受付のカウンターにいる店員に「予約した春川ですが」と静寂を破って声をかけることもできた。
「は、春川様ですね。おかけになって少々お待ちください」
それから待つこと十秒ほどで担当してくれる美容師さんがこちらにやってきた。
外見は二十台半ばくらいの黒髪ロングの美人さん。
店の中のちょうど中心にあたる席に誘導された。
「今回担当させていただきます愛山です、よろしくお願いしますね。それで、今日はカットとのことでしたが、どのような髪型がご希望でしょうか?」
今までならばとりあえず短くしてくださいとしか言わなかったが、果たしてこのような本格美容室でそのオーダーは通じるのだろうか? いや、そもそも短くするだけならこんな高いところに来る必要はないのだ。
とはいえ、希望の髪型があるわけでもないし……そうだここは……
「貴女の好みの髪型にしてもらえますか?」
「えっ!? は、はいっ、わかりました」
必殺技、プロに完全に任せるである。
美人さんで尚且つお洒落な美容師さんの好みに任せれば、自ずとイケメンフェイスに似合う髪型にたどりつくだろうと考えオーダーしたが、何故か顔を赤くしてしった。
いや、客観的に考えれば鏡越しとはいえ目を合わせて笑顔で「貴女の好み」で、なんて言えば口説いていると思われても可笑しくない。その相手がブサメンならば、顔を引き攣った苦笑を返されるだろうが、今鏡の前に写るイケメンならば、このような反応になっても仕方ないのかもしれない。
他の客や従業員がいる店の中ということも考えれば、むしろ当然の反応ともいえる。
同じような状況で美人さんを目の前にした場合俺は絶対に赤面を晒していただろう。
「あの、私の好みに仕上げてみたのですが、いかがでしょうか?」
それから二十分くらいが立ち、カットが終了した。
手前にある台の上に置かれたファッション雑誌を読んで、最先端でイケてる洋服がどんなものか確認していたら、いつの間にか髪を切り終えていたみたいだ。
流石、高い美容室の美容師さんだけあり、めちゃくちゃカッコいい真ん中分けのショートヘアーのイケメンが鏡の前にいた。というか俺だった。
髪型が整うと、先程より一層イケメン度が上昇していた。ここまでくるともはや僻みすら湧いてこない。そもそも自分に僻むとかわけがわからないな。あまりのイケメンさに少し混乱してしまった。
冷静なってもう一度自分を鏡越しに見る。
担当してくれた愛山さんのセンスと腕の良さのおかげで、二度目の劇的ビフォーアフターを成し遂げたというのが率直な感想だ。
やはり下手に髪型を指定せずに、完全にお任せして良かった。
「ありがとうございます、凄くいい感じです」
満面の微笑みを浮かべて鏡越しに愛山さんへ感謝の言葉を返すとまた彼女は赤面してしまったが、美形スキルはスーパーレアで物凄いスキルだからこの程度は当然なのだろうと思うことにした。ただしイケメンに限るってやつをまさか自分が経験するなんて思ってもいなかったが、いざ体感すると悪くないと思える。今までくだらねえ、ありえねえとか思ってた自分がなんと浅ましい存在だったことか。
美形スキルの凄さを改めて実感したところで、会計を済ませて美容室を後にする。
こういった場所では、指名制度なんかもあるみたいなので、今度また髪を切る時は、愛山さんにお願いしようと思う。髪を染めたりするのもいいかもしれない。銀髪とかカッコいいと思うんだよな、この髪型というか容姿なら。
どこのビジュアル系だよって感じになるだろうが、就職なんてしない俺に髪型の縛りなんてないから、今度気が向いたら染めに来よう。
それに、俺は彼女を気に入った。
彼女の好みの髪型が気に入ったというのはもちろんあるが、何よりも彼女の外見が俺の好みであったというのが一番大きい。
彼女の反応からも俺の外見は間違いなく好みの部類に入っていただろうし、仲良くなってあわよくば食事やデートなんかしたりして、付き合っちゃうなんて未来もあるかもしれない。
そうしたら、エロいことなんかもするだろうし……うん、妄想が捗ります。
そんなエロガキじみたことを考えながら、一人帰路に着くのだった。
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