第二十七章 再会

浜辺を走っていた。


男が追いかけてくる。

シルエットだけで誰だか分かない。


それでもいい。

この男を愛しているのだから。


心が軽い。

捕まえてほしい。


早く。

砂がもどかしく足にからむ。


立ち止まった。

近づいているはずなのに。


逆にどんどん遠ざかっていく。


どうして。

砂にからみついて動けない。


来てほしいのに。


いかないで。

叫んでいるのに声にならない。


どうして。


(どう・・して・・・?)


「ユキ・・ユキ・・・。

大丈夫かい・・・?

しっかりしろ・・・」


声がする。

伸男の声だ。


(ああ、伸ちゃんだ・・・。

伸ちゃんの声・・・。


でも、だめ・・・又・・夢にきまっている・・・。


もう、いや・・・。

又・・・冷たい・・暗闇が・・・)


「ユキ・・僕だよ・・・目を覚ませ・・・」 

囁く声が励ますように響いている。


(あぁ・・こんなにはっきりと声が・・・聞こえる。夢でもいい・・・。

もう一度・・・。

伸・・ちゃん・・・)


長い睫毛がピクリと揺れた。

二度、三度と瞬きを繰り返している。


男が覗き込んでいた。

笑みを浮かべている。

金色の短い髪。


「ジョージ・・・」

雪子は自分の手を握っている手を見た。


しなやかではあるが太い指だ。


男の目を見た。

黒い。


澄んだ瞳が見つめている。


違う。

ジョージではない。


「伸・・ちゃん・・・?

伸ちゃんなの・・・?」


胸の鼓動が高鳴る。

男は雪子の髪を優しく撫で上げて言った。


「ああ、黙っていて・・ゴメン・・・。

僕だ・・伸男だよ・・・


ゴーストじゃない・・・・生きているんだ。

正真正銘の本物・・さ・・・」


涙があふれてくる。

夢だ、夢にきまっている。


でも強く握られた指。

見つめる黒い瞳。


優しい声。

どれも伸男のものだ。


男の手をとって自分の頬にあてた。

涙が指を濡らす。


「ああ・・夢でもいい・・・

伸ちゃんっ・・・ちゃん・・・」

男は優しく髪を撫で続けている。


まるで8年の時間を取り戻すかのように。


楽屋のソファーに雪子は横たわっていた。

バンドの仲間がここまで運んでいたのだ。


小野が舞台に上がり、改めて伸男ことMrグラントを紹介しコンサートは終わった。

急いで駆けつけた二人だったが、まだ雪子は眠っていた。


二人を気遣うように他のバンドマンは帰っていった。

小野一人が残り、伸男の肩に手を置いて言った。


「さあ・・・そろそろ帰ろうか。

聞きたい事はいっぱいあるけど、又今度改めて聞くよ。コージ(相川)と一緒にな・・・」


「ありがとう・・イサム(小野)・・・」


※※※※※※※※※※※※

 

雪子を逞しい背中におぶさり、伸男はライブハウスをあとにした。

歩道が夜露で濡れていた。


「タクシーを呼ぼうか・・・?」

小野が後ろから声をかけた。


「いや・・・このまま、歩いていたい」 


「そうか・・・。

じゃあな、今度連絡してくれ・・・」

 

小野はそう言うと、ライブハウスの中に消えていった。

街灯に照らされたふたりのシルエットが、歩道に長い影をつくっていた。


六月の夜空は厚い雲に覆われていて、月さえも見えなかった。

それでも雪子は男の大きな背中で、幸せをかみしめていた。


廻した両腕に力をこめる。


男が、帰ってきた。

星が、降りてきたのだ。


男が振り向く。

笑みを浮かべている。


雪子は再び両腕にギュッと、をこめた。


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