第十九章 遠ざかる風景

車のテールランプが幾重にも重なり、都会の夜を彩っていた。


二人は黙ったまま、喧噪に包まれた車道と静寂をたたえる公園に挟まれた歩道をゆっくりと歩いている。


男はまるでバラードのように、流暢な英語をリズムよく放っていく。


「僕が東京にやって来て、もう一カ月近くになる。

最初ユキコに恐れられ、少しばかり優しくされたかと思ったけど・・・。


この間はもののみごとに嫌われた。

今日はどうだい、アメリカでもめったにお目にかかれない美女に泣かれてしまった。


なんて国だ・・日本て国は・・・?」


足を止め振り返り、大きく足を広げて男は言った。

同じように立ち止まり公園の石垣にもたれるように立つ雪子は、力なく微笑んだ。

男はこの期会を逃すものかと陽気な声を出した。


「ヘーイ・・・やっと、笑ったな・・・・。

この、生意気なエンジェルめ・・・。


さあ、早く白状するんだっ。

この国の奴らみたいに僕の事が大嫌いだってね」


「Mrグラント・・・」

女は力なく呟いた。


「また・・・

ジョージと呼んでおくれ、ミス・ユキコ・・・」 


女は微笑んで男を見つめている。


「そうだ、君にはやはり微笑みが似合う」

 

男はそう言うと何やら考え込む仕草をした。

そして嬉しそうに顔を上げた。


「今日バカな奴が僕のデータに侵入してきたんだ。

僕のデータは特別なプロテクターが施してあってどんなハッカーでもすぐわかるのさ。

たとえNASAのコンピューターでも・・・ね。


だけどかまやしない。

僕は僕の仕事に自信を持っている。

たとえデータが盗まれても何の後ろめたい事もないし、それに簡単に分析されるような柔なデータじゃない。だからお気の毒な事さ、そのハッカーにとってはね・・・」


雪子は男から聞かされる言葉に、いちいち胸の中をえぐられる想いがした。

そして、その本当の優しさに触れると不覚にも涙をこぼしそうになった。


男は女の表情を読み取り、涙をこぼされる寸前に道路に走り出てタクシーを止めた。

押し込めるように女を乗せた。


「さあ、又僕を嫌いになる前に家に帰るんだ。

そして明日又、僕のハードな仕事を手伝ってもらわなければ・・・。

おやすみ、ミス・ユキコ・・・」


雪子が何か言おうとする前にドアが閉まった。


「どちらまで・・・?」

タクシーの運転手の言葉に反射的に雪子は答えると、安心したように言った。


「よかった日本語だ・・・。

あの外人さんみたいに英語だったら、どしようかと思ったよ・・・」


運転手の言葉が聞こえぬかのように、後ろを向き遠ざかっていく男をいつまでも見つめる雪子であった。

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