第七章 資料室

「ふー、これで最後ね・・・?」

グラントから頼まれた資料を積み上げ、ため息をつく雪子の肩を相川が軽く叩いた。


「よう、我が社の期待の星。

VIP様はお元気ですかな・・・?」


「もう大変よぉ・・・。

いくら通訳だからって

一日中英語で話しているとやっぱり疲れるわ。


それに、すごく勉強家で

資料の注文も半端じゃないの・・・」


資料室のテーブルに頬杖をついて、雪子は言った。


「じゃあ、ちょっと一休みしていきなよ。

今、コーヒーでも持ってくるよ・・・」


紙コップのコーヒーを手渡されて、雪子はおいしそうに一口飲んだ。


「あー、おいしい。

やっぱり、VIPのお相手は緊張するわ・・・」


「そのVIPについて

妙な噂を聞いたんだけど・・・」


少し声をひそめて相川は言った。


「妙な、噂・・・?」


「ああ、そうなんだ。

何でもMr・グラントがいるベルツ銀行ってのが、

くせものでね・・・。


うちと提携するというのは表向きで、

実は吸収合併しようというのが本音らしいんだ。


その為に彼を派遣してうちの弱点を探らせて、

あわよくば乗っ取ろうという噂が流れている。


現に彼はうちのディーリングルームで

片っ端から顧客筋のデータとか、

調べまわっているらしいよ・・・」


「そうね、そう言えば何か変なのよ。 

いやにうちの銀行の歴史とか資料を調べたり、

トップシークレットになる内容のものなんかも、

お父さ・・・頭取に直接言って

取り寄せたりしているの・・・」


相川は腕組みをしながらしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「よし、この事はここだけの話で秘密にしておこう。頭取にも言っちゃあだめだよ。


雪ちゃんはMrグラントをよく観察して

変わった事があったら僕に報告してくれないかな。

少し考えがあるんだ・・・」


雪子は頷くと、声をひそめて言った。


「ええ・・わかったわ。

会社の電話ではまずいから

相川さんの携帯に電話するわ・・・」


「そうしてくれると助かるよ。

あっ・・それはそうと片山が寂しがっていたぜ。


この頃忙しいのはわかるけど、

たまには連絡してやってくれよ・・・。


あいつからは中々出来ないからね。

まっ、余計なお世話かな・・じゃあな・・・」


そう言うと相川は資料室から出ていった。 


雪子は資料の山をかかえてMr・グラントが待つ部屋まで届けに行った。

片山の唇の余韻が今になって、くすぐったく蘇る雪子であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る