悪役令嬢ランナウェイ その7

 忠憤や憤懣に染まりきった場には味方なんて誰一人居ない。それでも、彼女は不敵に笑う。


「現状の打破には、一度土壌を入れ替える必要があります。この国を腐敗させているのが貴族ならばいっそ、間引く。未来のための剪定」


 王子達、特に副団長に至っては今にも掴みかかって馬乗りで殴り潰さんばかり、満面朱をそそいでいた。


「もう良い。貴様の戯れ言にこれ以上付き合うつもりはない……連れて行け」


 王様の鶴の一声。我先にと、騎士達がカトレア取り囲む。一瞬にして姿が見えなくなった。

 文字通り四面楚歌。独り、断罪を待つばかり。


「退きなさい」


 グッと拳を握り全身に力を込めながら、ゆっくり十秒ほどかけて息を吸い込む。

 身体中に緊張が満ちた……糸がピンと張り詰めた状態で十秒ストップ。最後に、また十秒かけて息を吐き出していく。張り巡らせた緊張の糸がするすると抜けていき、余分な力と雑念が抜ける。

 カチリ。頭の中、思考回路を切り替わった。

 菜沙自身に辛うじて聞こえるようにスーツの駆動音がキィと鳴って、いつでも行動に移せることを伝える。


「警告です。そこを、退きなさい」


 囲まれて武器を向けられて尚、怯え一つ、震え一つ存在しない耳障りのいいソプラノボイス。ただ一人の存在感は、数に一切負けていない。


「これだけの精鋭と数を目の前に、何も出来ていないことが貴様の無力の証」


 令嬢の心優しい忠告は当然のように踏みにじられる。一人の少女を完全武装した騎士達が取り囲んでいるのだから……恐れなんて抱きようがない。が、菜沙からすればみっともないこと、この上なし。

 菜沙は、その場から前転宙回りするように跳躍。真っ直ぐ、高い天井へと到達。

 まるで、重力が逆さに働いているかのように、天井に着地し、全てを俯瞰する。何十人という騎士とやらに取り囲まれたカトレアは絶体絶命。

 四面楚歌なんて関係ない。真上直上から、全部蹴り飛ばす。


「それは残念です。激しくも艶やかな、ダンスパーティーをご堪能くださいまし」


 カトレアの言葉には耳を傾けることすらせず、近寄る騎士達。同時、ステルス機能を解除。


「ナズナッ!! 歓待の準備は出来ていますね!!」


 誰かの手が、カトレアに触れる……瞬間、思い切り、天井を踏み抜き、ブースト噴射。刹那に、最高加速。


「いらっしゃいませぇっ!!」


 裂帛、轟音。重力と莫大な膂力、そして、外殻着装の炸裂推進機構……通称ブースターをかみ合わせることで生じた爆発的な加速は、それ自体が殺傷兵器となりうる。カトレアに近づいていた騎士の兜を掴み、そのまま、地面へと叩きつけた。金属が紙風船のように拉げ、その下の頭蓋も音が鳴る。

 可能な範囲の加減はすれど、再起の芽は一つたりとも残さない。


「さぁ、わたくしの唯一最終最後にして……愛おしき忠犬に食い荒らされたい方はどなたかしら?」

「せぇぇやッ!!」


 潰れた兜を掴んだまま兵士を思い切り振り回して別の騎士へとぶん投げた。ダサイ二つ名の八つ当たりも含めて、思い切り。


「んガァッ!?」


 地面と水平、レーザービームのように飛んでいった兜ぺしゃんこ騎士が、他の騎士と玉突き事故。ボウリングのように数人を吹き飛ばす。

 詰め放題に群がる主婦のようにカトレアへと集まっていた騎士達が、一瞬で距離を開いた。殆どが武器は剣一本のみだが、素早く統率の取れた動き。カトレアの言う『真っ当な組織』であるというのはあながちウソでもないらしい。

 ステルスによって姿を眩ませるか悩むが、却下。勝率は上がれど、目的は勝つことではない。

 鳥井菜沙が脅威であると、この場にいる全員の心臓を手のひらで転がせる力を持っている悪魔だと、突きつける。

 カトレアの前に立ち塞がるように並ぶ。パツキン高飛車傲慢公爵令嬢は……これ以上無いほど口の端を持ち上げた気持ちの最高の笑みを浮かべていた。演技か本気かの区別もつかないほどの迫真の表情に、菜沙もまた興が乗って、柄にも無く傅いてみる。気持ちだけは、騎士道物語の主人公。実際は、立場もやってることも真逆だけれど。


「貴様はッ……やはり、悪魔だったか!!」


 言葉は勝手に言わせておけば良いと聞き流す。

 菜沙に釣られてカトレアもまた更に興が乗ったのか手の甲を差し出してきた、ので……つい、口づけを落としていた。フェイスシールド越しだけど。

 勢いって怖い。カトレアの味方ってことはこれ以上無いほどに見せつけたと思って、まぁいいか、と割り切る。


「どこにでもいる普通の……普通の忠犬よ」


 演技はノリノリでも、残念ながらアドリブスキルまで勝手に身につくワケではなく、自身の名乗りも覚束ない。どう名乗れば良いのかも覚束ない。


「無理に此方の言葉に合わせなくてもいいですわ……道を切り拓いてくれれば、それで十二分ですもの」


 すかさず入るカトレアのフォロー……というよりダメ出し。戦闘能力は兎も角、演技力では間違いなく菜沙の完敗。黙って手を動かせと、座長からの支持に従うことにする。


「さぁ、話は済みました。帰りますわよ」


 玉座に背を向け、真っ直ぐ、来た道を引き返し始めたカトレアに付き従うように真後ろを歩く。


「逃がすと思うか!?」


 しかし、回り込まれてしまった。そりゃあ、走るわけでも無く、のんびり歩いているのだから止めるのは当然だった。

 槍を向けてくる騎士達……の向こう側から、烈風にも等しい速度で正確無比に向かってくる飛翔体。叩き落とし、砕き散らし……最後の一つを手で掴んで、粉々に砕いた。高々、氷の鏃程度、物の数ではない。

 ツインテールをラメのように透明感溢れるように装飾してくれた氷の粒子。ひんやりとしていて心地良い。


「ちゃちな手品ね」


 常識的な攻撃魔法は菜沙にしてみれば胸をなで下ろす材料の一つ。

 世界の壁を無断で乗り越えて好き勝してくる不届き者や、無茶苦茶な能力を与えられた連中のような初見殺しや、反則攻撃が来ることはなさそう。

 魔法の出元と思われる、王子の腰巾着その二……インテリ貴族は苦虫をかみつぶしたように端正な顔を歪めていた。


「狼だか犬だか知らんが、この場で始末してくれるッ」


 副団長とやらが、やたらと装飾の行き届いた剣を引き抜き、何かを呟くと、剣がぼんやりと光に包まれた。何をしたのかは分からないけれど……何かをしたことだけは分かった。この何かが分からないから、他所の連中は怖い。


「ナズナ。一人一人相手にするのは面倒です。いい加減、格の違いというものを教えてあげなさい」

「了解」


 ゆっくりと、左の手を真上……天井に向けて掲げ、一発こっきりの最大火力の起動シークエンスへと突入……なのだけれど、カトレアにはもう一度だけ聞いておかなければならないことがある。


「再確認だけど、上には旧宝物庫とやらはないんだよね」

「えぇ、間違いありませんわ。あるのは、王や妃の寝室や居住区です」


 ぼそぼそと小声且つ早口で、カトレアへと問う。誤って、送還魔法とやらの道具を吹き飛ばしてしまっては元も子もなし。


「それじゃあ、ご堪能くださいまし……天をも焼き尽くす魔界の熱は、我らの前に立ち塞がりし愚か者を焼き尽くし、焦げの一つすら残しませんのよ」


 それだけ言ったカトレアは、手筈通り、最も熱の影響が軽減される菜沙の後ろへと避難。

 甲高で耳障りな不協和音が鳴り響く、石造りの空間に音が乱反射して、不快指数乗算。左前腕部に装着された、バーナー……『焦げも残さず(オーバーレイ)』から鳴り響く音が、騎士達の警戒心を刺激し一定の距離から近寄ってくれないのは、これ以上無く都合が良い。

 既に種火は生まれている。

 一筋の光が灯り、熱の通り道が敷かれる。

 全ては整った。


「消し飛べッ!!」


 網膜が焼けるほどの閃光。束ねられた光の柱は、堅牢な城の天井も、敵意も。射線上に存在した物を一切合切、跡形も無く消し飛ばした。数秒もすれば赤熱の束は細く収束していく。

 たった数秒。束ねられた熱量が天を衝いただけ。

 すぐに消え去った熱線。だが、肌を焼くほどの熱が、誰も彼もに焼き付いている。


「なッ、なにが……!?」


 シュウシュウと一回こっきりの切り札であるバーナーは役目を失ってやる気の無い鳴き声を上げていた。切り札をハッタリの為だけに切る。

 熱線は天井を易々突き破り、その上の階も更にその上も……射線上にあった部屋も、最も強固な屋根すら全て焼き飛ばし……見上げれば、本物のスカイブルー。熱線が通り過ぎた断面は、煌煌と赤熱し、ジゥジゥ、と音を立てて、起こった事象を必死で説明してくれている。


「う、嘘だろ……」


 誰もが、ぽっかりと空まで開いた大穴を眺めていた。呆然、と。


「丁度良い道が出来たではありませんか、ほら、帰りますわよ」

「了解致しましたよ、お嬢様、と」


 カトレアを横抱き、お姫様抱っこにする。お姫様みたいなのを、お姫様抱っこすることになるなんて、と呟いたら、呆れられたように溜め息を零された。


「それでは、みなさま、ごきげんよう」


 空まで開いた穴に向かって思いっきり跳ぶ。一足、二足。まるで、階段でも登るかのように、軽い足取りで大穴を駆け上がっていく。

 息の詰まる七面倒なやり取りは穴の底。バーナーの熱の残り香に少し興奮しているのと、第一部の幕が下りた安堵が、足取りだけではなく、気分まで軽くさせた。

 空が近い、あと少し。

 思いっきり、飛び出した。同時、フェイスシールドも解除。光が、空気か、空の青が。直接菜沙へと一直線。

 空まで開いた大穴を駆け上がった先にあるのは、何の邪魔もしがらみもない大空。飛び出した瞬間の開放感が気持ちよくって……カトレアと目を合わせ、どちらともなく、笑いだしていた。

 とびきりのイタズラが大成功したような爽快感に包まれながら、城の上、大空の下を跳び回る。出来ることなら、ずっとこのまま楽しんでいたいくらいだった

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