悪役令嬢ランナウェイ その6

 騎士達の足取りは、規則正しく乱れ無し。その中心、守られるように囲まれているカトレアが、少し遠くに見えた。乱れなく、堂々と自分の足で城の中へと入っていくカトレア。眩いほどの自信が、周囲の意識を引き寄せる。

 そんなカトレアとは対照的に、呼吸は静かに、感情は抑えて、柳のように。無駄な力は地べたへ捨てる。ステルスに合わせて、可能な限りの隠形を図ることで、存在感を希薄に空疎に。

 無意識かどうかはさておいて、隠密ストーキングの完成度の幾らかはカトレアが目立ってくれているお陰だった。

 門を潜り、開け放たれた正面扉を潜る。象の一匹や二匹、余裕で通れそうなほどの大きさ。ずっと真っ直ぐ進んでいく。曲がること無く、絨毯の敷かれた通りに。時折現れる、小さな階段等を登って、進み続けた先に現れた、豪奢な扉。扉横に控える衛兵の装備は、見るからに質が違う。経験豊か、歴戦の騎士といった風貌。


「カトレア公爵令嬢を連れてきました」

「国王様なら、中でお待ちです」


 衛兵は慣れた手付きで、扉に手を掛けた。結構な重量だろうに、重さを感じさせずスムーズに開く。

 カトレア含め、全員が通過したのと同時、ゆっくりと閉まり始める扉。人が辛うじて通れる程度の開き具合になった瞬間、身体をその隙間に滑り込ませた。数秒後、扉の閉まる音。

 心の中で、潜入成功、と呟いて、目立たない少ない部屋の角へと。

 天井は高く、部屋も広い。外から見た感じは堅牢な石造りがベースだろうに、それを忘れさせるほど品の良いアイボリーで染め上げられた壁や、磨かれた大理石のような床。そして、土足で上を歩いてしまうのを躊躇ってしまうような赤い絨毯が真っ直ぐと道なりに敷かれていた。

 玉座の間には、カトレアを囲む騎士数名。それから王子達御一行。あとは、数多の貴族と思わしき大人達。正直、誰がどれくらいの爵位なのかなんて、見分けがつかない。分かるのは、玉座に座っているのが王様だということくらい。

 イメージ通りの玉座の間だったから、面白みはゼロ。後は出番が来るまで、ぽけーっと眺めているだけ。


「父上、カトレア公爵令嬢を連れて参りました」

「うむ。では、改めて状況を説明せよ」


 王子が王様に向けて現在の状況と、何故、緊急で集まって貰ったのかという説明を重ねていく。内容的には、菜沙が認識しているのとあまり相違はない。

 カトレアが国へ楯突こうとしている意志が見える事。それから、謎の存在が虚空から現れ学生騎士を殴り飛ばし、そのまま逃走したこと。悪魔を呼び寄せているのだとしたら、国が崩壊する恐れすら有ること。

 無駄に大仰で、迂遠な言い回しだけれど、要約すれば、たったそれだけ。更には、カトレアの日頃の行い……嫌がらせを行っていることから、婚約破棄を言い渡したことによる報復を行ってもおかしくないと、若干の私怨を窺わせる備考付き。


「公爵、この件について何か知っていることは?」

「……いえ、私も初耳でございます」

「現在の政治に、不満を持っている……そう、噂には聞くが」


 厳しい表情をしている、公爵とやら。あれが、カトレアのお父さんなのだろうか。顔立ちが、どことなく似ている。


「滅相もございません。我が国の重ねた歴史と経験は揺らぐことのない安泰そのもの。それも、ひとえに王の慧眼があってこそ」

「はて、おかしいですな。風の噂にて、現在の国政に不満を持つ貴族と公爵が会食をしたというのを聞き及んだことがございますが……聞き違いだったということですかな」


 公爵の否定に、やんややんやと横やりが入り、更に公爵が否定を重ねる。場は紛糾。会議は踊る、されど進まず。


「仮に不満を持っていたとしましても、仕えるべき国王に背くなどありえません」


 あれほど五月蠅かった王子や騎士団の副団長とやらも、流石にこの面子の中では大物面出来ないらしく、大物貴族の口論には手をこまねいていた。

 着いてきていたらしい男爵令嬢のリーナとやらは、王子達に囲まれながら完全に萎縮していた。


「ふむ……では、本人に聞いてみるとしよう」


 王子達ですら、顔を顰めていた口論。その中心に居ながら、眉一つ動かさない鉄面皮を被ったままのカトレア。まるで見えない壁に囲まれて、何も聞こえていないようだった


「カトレア公爵令嬢、何か申し開きはあるか?」


 国王の問い。対するカトレアは、楚々として下腹部で重ねていた指先を解き……静かに、腕を組んだ。王の御前とは思えない行動なのか誰もが閉口し、ざわつく。


「申し開きも何も……どなたも、デイホワイト公爵ですら勘違いしていらっしゃいますのね」


 大きな態とらしい溜め息と共に、首を左右に振るうカトレア。国王に対するものとは思えない態度に、場の空気には棘が混じったかのように変質していく。若い騎士なんて今にも斬りかかりそうだった。


「人は城、人は道、人こそが国」


 どこか、何かで聴いたことのあるような、言葉。どう考えても、カトレアが知っていると思えない言葉は、芹の入れ知恵だろうか。


「それを理解できていない者しかいない。嘆かわしい。いっそ、愚かといってもいいでしょう。国を背負っているという自覚すらありません」


 カトレアが主人公に冷たくしたのも、王子に媚びることもないのも、悪魔を召喚するのも……全てが国の為。機械のように感情を排し正しさを選び続けた結果が誰にも理解されない中途半端な選択を続けさせ、破滅した。

 けれど、今は違う。正しくあろうとすることすら捨てた。


「民を見ず、外を知らず、見えているのは自身のみ。大局を鑑みることの出来ない、この国を巣くう貴族こそが、尤も忌むべき害虫……そこの色恋にうつつを抜かす王子達も、他を蹴落とすことしか頭にない皆々様も、静かに腐っていく国を傍観している王も」


 シンと、静まりかえる玉座の間。全員を害虫呼ばわり。道理と礼儀を無視した物言いに、誰もが怒るどころか、唖然としていた。

 カトレアはそれでも、お構いなし。腕を組んだまま、あざ笑うように睥睨。それほど高くない身長だというのに、視線だけは誰よりも上だった。


「他国は小競り合いを繰り返しています。疲弊はすれど強力な魔法及びそれらを利用した兵器を日夜研究を繰り返しています……当然ですわよね。負ければ、死ぬのですから」


 ゆっくりと歩き出したカトレア。特にどこに向かうわけでも無く、うろうろ、と。まるで、自身の部屋の中で考え事でもするかのように。誰かが挙げようとした声は、カツ、カツ、とヒール靴の音に捻り潰される。


「緩やかに停滞という名の衰退を選んでいる今の治世を、暗愚と呼ばずになんと表現すればよろしいのでしょうか?」


 足を止め、王様の方へと向き直った。同時、周りが一斉に眠りから覚めたかのように、ザワめき、豪雨のような批難が降り注いだ。


「貴様ッ、王に向かって」

「王子に対して害虫呼ばわりと」

「公爵令嬢と言えど許されると」


 喧々囂々。言葉がもしも質量を持っていたとしたなら、カトレアは瞬く間にボロ雑巾の如く床を転がっていたことだろう。


「つまり、戦争をしろと言うことかっ!! まるで、売国奴ではないか!!」


 誰かの言葉に、野次も乗っかる。カトレアがとんでもない頭痛でも襲ってきたかのよう頭を抑えていた。そろそろ出番だろうか。武器に手を添え、呼吸を整える。


「少々、頭が忙しい方ばかりがお集まりのようで……伝わっていないようですわね」

「カトレア公爵令嬢、ハッキリと申せ」


 黙っていた王様が、最初よりもずっと低い声で淡泊に続きを促す。王様の言葉を遮るわけにはいかないと、一瞬にして静まりかえる。

 これ幸いとばかりに、カトレアは王様へと近づき、くるり。ゆっくり一回転してから、これ以上無いくらいに直入に言い放った。


「この国はハリボテです」


 よく響く、凜とした、綺麗な声。


「脆く、淡く、ぐずぐずと腐っている。内側を害虫に食い荒らされた、愚かなあばら屋」


 心地良かった。誰かとともに戦うなんて、いつぶりだろう。


「他所からの風が吹けば碌な抵抗も出来ずに崩れ落ちる……虚構の平和という天井に安心している、愚物の寄せ集め」

「我が国の魔法や騎士の歴史も知らぬのか?」

「知っていますとも。わたくし、これでも優等生ですのよ? 五十年前の大戦において、我が国はたった一国にも関わらず、複数の国からの同時侵略を乗り切るばかりか反攻まで成し遂げ、魔法騎士大国としての名声を轟かせた……と、教科書にしつこいほどに書かれていますもの」

「先人達の想いは現代の騎士にも受け継がれておる。魔法騎士の実力は、常に大戦時と変わらぬ……否、驕ることなく磨かれ続けた今が最盛期と言っても過言ではない」


 この国における特記戦力が、魔法騎士というらしい。王子三人衆の一人である、ノールドアは静かに、けれど余所者が見ても分かるほどに王様の言葉に打ち震えている。騎士団に所属していそうな鎧や剣を装備している面々も、皆一様に王様の言葉を噛み締めていた。そして、王様の言葉は誰もが頷く共通見解。

 が、カトレアだけは、鼻で笑い飛ばす。


「その歴史の教科書の中で止まっているから、この国は愚かなのです」


 停滞した国は驚く程その事実に気付かない。菜沙の世界でも、同じような例は幾らでもある。

 漁夫の利を得ようと大戦に電撃参戦し、数的、戦略的優位を得ながら疲弊した国に対して、ぐうの音も出ないほどの敗走を喫しているような国が存在。


「大抵、こういう組織というのは時代とともに内側も腐敗していくというのに慢心することなく、研鑽を続ける騎士団の自浄作用、組織運営は認めましょう。卑劣や汚職に手を染める貴族も多い中、真っ当な組織として、我が国の象徴として有り続けた騎士団には尊敬の念に堪えません」


 今すぐ首を落とされてもおかしくないほどの言葉を並べていたカトレアが、手のひらを返したように騎士団を褒めるモノだから、皆一様に面食らった表情を浮かべた。菜沙含めて。


「知っていますか? 誇りでは流れた血が止まらない。誇りでは民を守る盾にはなれない……歴史と誇りこそが、この国を衰退させる遅効性の毒なのです」


 進化する兵器、進歩する戦争に気づかぬまま、戦車に隊列を組んでマスケットで攻め込む蛮行。その愚かしさを住人は理解していなかった。己が国が圧倒的に遅れていることを知ったのは、蹂躙されてから。

 芹から聞いたこの作品のあらすじ。学生を中心とした物語であり、他国の状況などに話は膨らまず、あくまで国内でストーリーが展開される。

 だからこそ、俯瞰的な視野を持っていたカトレアの行動にあまり説明がされないまま終わったのだとか。

 説明をしても、誰一人としてまともに取り合おうとしないのをカトレアは分かっていて、強硬手段を選ばざるを得なかった。平和をただ純粋な平和と受け取らず、衰退と見据えていたカトレアに対する理解者は誰一人、いなかった。


「カトレア公爵令嬢の言い分は、我が国は衰退している、の一つ覚え。だが、事実として行ったのは、破滅を齎す悪魔の召喚。自身で言っていることに反しているが?」


 悪魔呼ばわりされてるのが少しだけ癇にさわる。フロントマスクを外して、無害な女子高生だとアピールしたいけれど、我慢。このまま勘違いさせておいた方が、都合がいい。


「全く、破綻していませんが? 今、この瞬間から他国に追いつこうとしても一体何年かかることでしょう。五年? それとも十年でしょうか? 実際には、この国の風土や根付いた考えから更に時間が掛かるのは目に見えています。ですから、手っ取り早く力を得る手段を取ったまで」


 語尾に、何か問題でも? とつきそうなくらい、軽く言いのけた。


「カトレア公爵令嬢、お主の考えはよく分かった」

「ありがとうございます。国王の理解が得られたとなれば、わたくしも非常に動きやすくなりますわ」


 小馬鹿にした態度から一変、流れるように、堂に入った一礼。さらさらとして、金糸とフリルが揺れ、輝いているようにすら見える。


「だが、何を言おうと大罪は大罪。それは変わらん……一考の余地なし」


 威厳のあるヒゲのよく似合う声が、カトレアに裁を下す。執行猶予なし、即実刑。多分下されるのは、かなりの罰。下手したら、悪役令嬢らしく首を跳ね飛ばされるんじゃないだろうか。

 だが、金糸雀の少女は鼻で笑い飛ばす。振り落とされる裁定のハンマーを、路傍の石のように蹴飛ばすために。


「いいえ、変えます。今、ここで」

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