第9話 五芒星に秘められた謎

「コジロウ、どうします?」

「そんなの決まっている」


 コジロウは詰めていた息を吐き出し、凶暴性をアップさせたヴァンパイア軍団を睨んだ。


「速攻で片付けるぞ。瀬奈を取り返す」

「同感です!」


 互いに背中を預け合う。

 そうすることで目の前の敵にだけ専念できる。


「ここは私に力を使わせてくれませんか。コジロウは弾に限りがあるでしょう。少しでも温存してほしいのです」

「何だよ? 今まで出し惜しみしていたのかよ?」

「そういう訳ではありませんが……」


 ルキウスの龍爪が音色を奏でた。


「紅月のヴァンパイアに会ったせいか、さっきからこの子が興奮しているのです。目の前にいるヴァンパイアを完食しても、静まってくれそうな気配がないほどに」


 ルキウスが大きくジャンプした。

 右手で印を結んで、全身の気を練り上げていく。


「ギャーテイ・ギャーテイ・ハーラーギャーテイ・ハラソウギャーテイ・ボージーソワカ……目の前の敵を討ちはらえ! 百八式・五子雷ごしらい!」


 五本の指から放たれた雷が次々とヴァンパイアを直撃した。

 ゼウスの雷霆らいていを思わせるような破壊力であり、辺りは真昼のような眩しさに包まれる。


 鼻をつくのは血と肉の焼ける匂い。

 おぞましい断末魔にコジロウの鼓膜が痛いほど震える。


 ヴァンパイアは何が起きたのか理解できないまま死んだだろう。

 真下で見ていたコジロウでさえ、百八式・五子雷という術名を聞き取れたくらいで、術の全容まではつかめていない。


 大技を繰り出した反動なのか、着地したルキウスは肩で息しており、くすんだ銀髪が静電気で浮いている。


「いったい何なのだ、その呪われた武器は? 調子のいい日とか調子の悪い日があるのか?」

「気まぐれなのですよ、この子は。いつもは実力の半分以下しか発揮してくれません。そのせいで私が死んだら、そこまでの人間と思っているようです。厄災と対峙した時に相手の強さを感じ取って、S級かA級なら龍爪が脈打つのです」

「やけに楽しそうに話すな」

「はい、だって……」


 この瞬間のルキウスの笑顔を、コジロウは数年後まで覚えていると思う。


「紅月のヴァンパイアは、龍爪が本気を出してくれる数少ない相手です。こんなチャンス、滅多にありません。まあ、まともに戦ったら、最初に限界が来ちゃうのは龍爪でもなく紅月のヴァンパイアでもなく私の体でしょうが……」


 照れ笑いしながら前髪をいじくっている。

 紅月のヴァンパイアの圧倒的実力を垣間見たばかりというのに、この余裕はどこから湧いてくるのだろうか。


「そんなことより瀬奈だ。あいつの血、紅月のヴァンパイアのお気に入りらしい」

「そんなこと、あり得るのでしょうか?」

「分からん。世の中にはボンベイ型といって、百万人に一人しか持たない血液もある。もっと珍しい血だと、黄金の血液といって、世界中で数人しか持っていなかったりする。珍しさと美味しさが比例するとは思わんが、紅月のヴァンパイアしか知らない何かがあるのだろう」

「なるほど。ですが、それほど珍しい血を瀬奈さんが持っているなら、すぐに殺されない気がします」

「生きてりゃいいってものじゃない。紅月のヴァンパイアなら手足をぐくらいのことはやりかねない」

「うっ……あり得ますね……」


 そのシーンを想像したのか、ルキウスが引きつった笑いを浮かべる。


「それより問題なのは居場所だ。推理しろと言われてもな……」


 石柱に引っかかった紙が風にはためいている。

 コジロウが拾ってみると、シオンが落としていった地図だった。


 五カ所をマーキングしてある。

 廃工場、廃病院、廃校舎、廃アパート……そして共同墓地。

 この五点をつなぐと完璧な五芒星が浮かび上がる。


「どうしました、コジロウ?」

「五芒星の意味について考えていた。いや、意味は何となく理解していたが、俺の思い過ごしだと思っていた。でも、紅月のヴァンパイアと話して合点がいった」

「私にも分かるように説明してくれませんか?」


 ルキウスに地図を持たせる。


「確かに五芒星は五つの角が大切だ。陰陽五行説でも、木・火・土・金・水と対応させたりするだろう。それと同じくらい大切なポイントがある」

「どこですか?」

「ここ」


 コジロウはど真ん中を指差す。


「五芒星の中心には何がある?」

「あっ……」


 コジロウとルキウスが一番良く知る場所。

 御岳森のシンボルといえる建物が明記されている。


「聖ガブリエル高校!」

「そうだ。おそらく紅月のヴァンパイアはそこへ向かった。街の中心だしな。ヴァンパイアの軍事基地にするとしたら、これほど地形を生かせる場所もない」


 次なる目的地が決まった。


 ……。

 …………。


 通い慣れた学校が重苦しいムードに包まれている。

 西洋をイメージして建てられた壮麗な門が、今夜ばかりは地獄の入り口のように思えて、ごくりと喉を鳴らした。


「引き返すなら今の内だぞ?」

「私は逃げません。紅月のヴァンパイアを倒して、瀬奈さんを連れ帰ります」

「ルキウスは不思議な男だな。お前が言うと、本当に達成できそうな気がする。見ただろう、紅月のヴァンパイアの実力を。バケモノだ。S級の中でも強い部類に入るかもしれん。負けた時の言い訳じゃないが、まだ俺には勝てるビジョンが見えない」

「大丈夫ですよ」


 頭をクシャクシャされた。


「私とコジロウなら勝てます。戦いが終わったら、瀬奈さんとチームを組むんです。そうして世界中の厄災を倒して回ります」

「ふん、夢物語みたいなことを言う。まあ、悪くないな」


 鼻を鳴らしつつ、ルキウスの手を払う。


「しかし、俺の髪に触るな。お前の手、血で汚れているだろう。汚い。ティッシュ代わりにするな」

「すみません! コジロウの髪が女の子みたいで、サラサラで気持ち良さそうなので!」

「お前、気持ち悪いことを言うなぁ〜」

「うぐぅ……」


 学校の敷地に侵入する。

 進むにつれて瘴気しょうきの臭いが濃くなり、視界もだんだんボヤけてきた。


 噴水広場のところに何かいる。

 それも一体や二体ではない。


 これまで倒してきたヴァンパイア兵士とも違うと思ったコジロウは、トリガーから指を浮かせたまま、銃口だけは頭部へ向けた。


「それ以上近づくと撃つぞ!」


 眼鏡をかけた男だった。

 金属バットを引きずっている。

 酔っ払いのような千鳥足で、のろのろと近づいてくる。


「コジロウ、私、この人を知っていますよ」

「だろうな」


 体育教師なのである。


「それだけじゃない。他の顔もよく見てみろ」


 美術の先生、担任の先生、さらにはクラスメイトたち。

 全身の血管は隆起しているが、まだ目は赤に染まっておらず、ヴァンパイアの血を打ち込まれてから時間が浅いことを物語っていた。


「うっ……酷い……。コジロウの血清があれば救える人ですよね?」

「どうかな。血清で完全に救える訳じゃない。それに肝心の血清が五本しかない」


 体育教師の口から、


「そこにいるのは冴木と天利か〜。熱い〜。助けてくれ〜。喉が渇いて死にそうだ〜。水をいくら飲んでも飲んでも、喉が灼けそうなほど熱い〜」


 救いを求める声が上がった。


 この教師はマシな方だ。

 前後不覚のまま噴水に落ちてしまい、溺死しかけている者もいる。


「これは許せませんね」


 水から生徒を引き上げたルキウスがいう。


「ああ、地獄だな」


 全員がヴァンパイア化するのも時間の問題だろう。

 街一つが厄災に支配されるとは、こういう光景のことを指す。


「いいか、ルキウス。俺たちが紅月のヴァンパイアを倒す。そうしたら、ここにいる全員を救えるかもしれない。とにかく、全員にかかったヴァンパイアの呪いを解くには本体を仕留めるしかない。これが何を意味するか、分かるよな」

「絶対に負けられないと?」

「そういうことだ」


 すみません、先生。

 そういって担任の脇を抜けようとしたら、ふいに濃い霧に包まれた。


「おい、ルキウス?」


 返事がない。

 周囲をキョロキョロする間にも霧は濃くなっていき、上下左右が分からなくなる。


 罠の結界だろうか。


 S級の厄災ともなれば、フィールドの一部に術を仕掛けることも可能。

 ましてや聖ガブリエル高校は五芒星の中央にある。

 肌でも感じられるくらいに妖気が濃い。


「ルキウス⁉︎ 聞こえていたら返事をしろ! おい、ルキウス!」


 声が響かない。

 どこまでも続く虚空が海のように横たわっており、コジロウの声を吸い込む。


「冴木くん」

「この声、瀬奈なのか?」

「そうだよ」


 ヒタヒタと足音が近づいてくる。


「無事なのか? 動けるのか?」

「うん、私は平気だよ」

「紅月のヴァンパイアはどうした? 一緒にいただろう?」

「今は一緒じゃない。別々に行動している。ここは特殊な空間だから」


 霧がゆっくり晴れていく。

 聖ガブリエル高校へ戻ってきたが、さっきまでとは様子が違う。


 ルキウスもいなければ、先生やクラスメイトもいない。

 噴水広場にはきれいな水が流れており、瘴気の臭いもしない。


 コジロウはいったん銃を下ろした。

 頭上には明るい月が浮いている。


「私はこっちだよ、冴木くん」

「瀬奈……」


 アメジスト色のブローチをつけた少女が立っていた。


「ほら、冴木くんからもらった藁人形も失くしていないよ。偉いでしょう、私」

「ルキウスはどこだ? 紅月のヴァンパイアはどこだ? そもそも俺がどこかへ移動したのか?」

「さすがだね、冴木くん。君が結界の中へ移動したんだよ。天利くんからしたら、冴木くんが突然ワープしたみたいになっているかな」


 シオンは指で空間に四角を描いた。

 そこがスクリーンみたいになって、外の景色を映し出す。


『コジロウ! どこですか! コジロウ! 私の声が聞こえていたら返事してください!』


 ルキウスは迷子になっていた。

 コジロウは愛銃のトリガー引き、シオンの髪の毛を何本か飛ばす。


「俺を元の場所へ戻せ。じゃないと、次はお前の頭を撃つ」

「やめなよ、冴木くん。私を殺したら、二度と元の世界へ戻れなくなるかもしれないよ」

「そんなの、瀬奈を殺してみないと分からない」

「そっか、そうだよね……」


 シオンが横に歩いたので、コジロウの銃口も追いかけた。


「冴木くんは最初から私のことを疑っていた?」

「俺はルキウスと違って他人を簡単に信用しない。そういう意味では瀬奈のことも信用していなかった。でも、共同墓地で俺を一度守ってくれた。あの目は本物だと思った」

「そうなんだ。何か嬉しいな」


 シオンの服の肩口が破れている。

 しかし傷はきれいに再生しており、ただの人間じゃないことを物語っていた。


「瀬奈は何なんだ? お前が紅月のヴァンパイアなのか? あのバケモノを使役しえきしているのか?」

「まさか。あの子は強いよ。私なんかじゃ飼い慣らせない。厄災だもの」

「だったら、なぜ瀬奈と紅月のヴァンパイアが一緒にいる?」


 それは秘密とでも言うようにシオンは笑った。


 もう一度結界を見る。

 コジロウは生きている、それは間違いない。

 心臓は動いているし、五感だって機能している。

 夢ではないとしたら、この世界に実在している。


 でも、ここは聖ガブリエル高校とは違う。

 細部まで似ているが、人工的に生み出された空間。

 それを現実世界とリンクさせ、ターゲットを引きずり込む。


 言葉にするとシンプルだが、この離れ業をやっている張本人がシオンだとしたら、並の術士ではない。


「私から冴木くんに提案。私たち、手を組もうよ。一緒に世界の厄災を倒そうよ。地球の半分は人間のもので、地球の半分はヴァンパイアのもの。分かりやすくて魅力的でしょ。それに三人でチームを組もうって約束したもんね。もし同盟を組んでくれるなら、私の知っている秘密を全部教えてあげる」

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