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「なんですって―――――!?」


 ティーゼの絶叫が談話室内に響きわたった。

 これが叫ばずにいられようか。


「どういうことですか!? 男爵様が公爵様!? わたしをからかって遊んでいたんですか!?」


 説明しろと食って掛かるも、サーヴァン男爵――もとい、イアンはうなだれたまま顔をあげない。


 マイアンがかわりに、ティーゼが働きに行きたいと言っていたから、公爵夫人を外へ働かせに行くわけにもいかないので正体を隠したイアンが雇うことにしたと言ったが、そんな理由で納得できるはずがない。なぜなら五年も会おうとしなかった夫である。一度も会おうとしないくせに、正体を隠して妻を雇うとはどういうつもりなのだろうか。納得のいく説明をしてほしい。


 怒りのあまりふるふる震えるも、父は父で「全部お前のせいだろう」と言ってくる。


「そもそもお前が働きに行きたいなどと言ったからこうなったんだろう!」


「だからってこれは納得いかないわ!」


「公爵様には公爵様の事情があるんだ! 私はお前が結婚するときに、すべてのことを飲みこむようにと言ったはずだが?」


「だからって、飲みこめるものと飲みこめないものがあるでしょう!?」


 確かに嫁ぐときに父は言った。公爵家にはいろいろ事情があるが、妻として嫁ぐのだから不満があってもすべて飲みこめと。だが、ティーゼはそんな聞き分けのいい性格はしていないし、いくらなんでも限度がある。


「男爵様が公爵様……。お父様もハーノルドも旦那様に会ったことがあるのにわたしだけ一度も会えなくて、会えたと思ったらこんな風に揶揄われて……これの怒りをいったいどうやって飲みこめばいいの!?」


 ティーゼが叫べば、アリスト伯爵がうぐっとバツの悪そうな顔で押し黙る。


 イアンがそろそろと顔をあげて、「揶揄っていたつもりはない」と言ったが、その言葉のどこを信じればいいというのだ。


「……もういいわ」


 悲しいのか悔しいのか、はたまたその両方なのかもわからない。ただただ沸々とした怒りだけがこみあげてきて、平静を保っている自信がない。


 ティーゼはくるりと踵を返した。


「ティーゼ?」


 イアンがティーゼの名を呼んで腰を浮かすも、ティーゼはそれには答えずにそのまま談話室を飛び出す。


 ばたばたと玄関まで走って行けば、フィルマに呼び止められて足を止めた。


「奥様、どうなさいました?」


 ティーゼはちらりとフィルマを振り返り、だが、イアンたちが追いかけてくる前に再び駆け出す。


 今は誰とも口を聞きたくない。


 ティーゼは勢いよく公爵家を飛び出すと、怒りのあまり溢れてきた涙をぬぐいながら、あてもなく走り出した。


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