第四章 再会

何回目かの交差点の人波を眺めながら、男は又ため息をついた。


会ってどうする、というのだろう。

相手は人妻である。


自分は何を望んでいるのだ。

危険な恋をするのか。


それとも新手の売春かもしれない。

帰った方がいい。


世の中、そんなに甘くはない。

せっかく、いい夢がみられたのだ。


会って、それを壊したくない。

そう、やめた方がいい。


相手にしたって、こんな若ハゲの男等失望するだけだろう。

やっぱり帰ろうとした時、交差点の向こうに男の視線はクギ付になってしまった。


モスグリーンのワンピースを着た女性が、傘越しにジッとこちらを見つめていた。

ロングヘアーの落ち着いた感じの美人であった。


男のイメージそのままで、どこかで会った事があるような気がした。

信号が変わって、交差点を渡る人波の先頭からモスグリーンの色が徐々に大きくなってくる。


女の視線は男を離さず、真っ直ぐ顔を向けたまま近づいてくる。

男はその美しさに呆然と立ちつくしている。 


ポケットパークの床をヒールの音をさせながら、女は近づいてきた。

そして迷いもせずに言った。


「あの・・・高橋さんでしょうか?」


言ったとたん、顔を赤らめて俯いている。 

男の心臓が早鐘のように脈打っている。


「は、はい・・・。そうです」

女は顔を上げると、胸に手を当てて言った。 


「良かった・・・。

信号を待っている時、遠くからあの人だって思ったんです。

イメージ通りのやさしそうな人でした」


「ぼ,僕もすぐ分かりました。

す、すごく美しい・・・人だと、思いました」


二人は見つめ合うと、吹き出してしまった。


「歩きませんか・・・」

「ええ・・・」


男が歩きだすと、女は自然に腕を組んできた。

女の傘の中で、二人は雨の街を楽しむように歩いていった。

腕の温もりがくすぐったく、雨の音が心地良かった。


「あの・・・どこかで会った事無いかな?」 

男がためらいがちに聞くと、女はクスッと笑って答えた。


「まだ分からないの?

高橋君、私よ・・・。

林京子よ・・・」


男は立ち止まり、マジマジと女の顔を見つめた。

笑った頬に、えくぼができている。


「あーっ・・・。

は、林さんかー。

えー、本当・・・?」


女は嬉しそうに微笑むと、男の腕を引っ張るように歩いていく。

林京子は中学三年の時、同じクラスの委員どうしであった。


男は彼女に対して恋心らしきものは感じていたのだが、とうとう言い出せないまま別々の高校に進み、それっきりになっていた。

クラス会も無く、こうして会うのはもう十八年ぶりになるのだった。


「ヘェー。

奇麗になったんだなー・・・」


「高橋君こそ・・・。

こんなに背が高くなって、ステキよ」


女はうっとりと、頭をもたれてくる。

いい香りがする。


二人は公園にやってくると、青い屋根の下のベンチに座った。


「僕なんか・・・ダメさ。

見てよ・・・。

こんなにハゲちゃって・・・。

まだ独身だし、おまけにテレクラなんかに、いってるし・・・」 


「あら、それじゃあ私も同じよ・・・。

違うわ、高橋君・・・。

ちっとも変わっていないわ。

ステキよ、自信もって・・・」


京子は真剣な顔で見つめてくる。


「本当に男らしかったわ。

私・・・ずっと好きだったの。

高橋君の事・・・。

だから、今日会えてすごく嬉しかったの。

あの頃の高橋君、イヤな教師にも堂々と抗議してくれたりして・・・」


女の言葉に、辛そうな表情で男が言った。


「そんな・・・。

ダメだよ僕なんか・・・。

今じゃあ毎日ビクビクして上司にへつらっているし・・・」


「そんな事はないわ・・・。

高橋君は変わらないわ。

私・・・」


京子の潤んだ瞳が近づいてくる。


「林さん・・・」

男も心が吸い込まれそうになる。


「好きよ・・・。

キス、して・・・」


二人はゆっくりと唇を重ねた。

屋根に落ちてくる雨音がBGMのように、二人を包んでいる。

顔を離すと、林京子の顔が、谷口ゆりの顔に変わっていた。


「好きよ・・・高橋さん。

自信、持って・・・」 


男は呆然としながら、女の顔を見つめて言った。 

「ゆ・・・り、ちゃ・・・ん」

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